デザイナー森田恭通の連載「経営とは美の集積である」Vo.14。華々しいキャリアを築きながらも新しい世界に飛びこみ、ゼロからスタートする男たちがいる。47歳の時、写真を始めた森田恭通氏自身もそのひとり。常に挑み続ける仕事人の心とは?
この春、僕がデザインを手がけたイタリアンレストラン「クッチーナ」が岐阜県の大垣にリニューアルオープンしました。シェフの田中照道さんは、最初のレストランのデザインを依頼してもらってからの友人です。その彼から15年ぶりに「料理人としての人生を、最後までまっとうできる店にしたい」とデザインを依頼されました。
もともとあった木造建築をリノベーションすることになったのですが、彼自身、ミシュラン一つ星の取得者であるけれど、それに満足することなく、人間的な明るさとユーモアのセンス溢れる人柄が出るようなデザインにしたいと考えました。彼が立つ大きなカウンターの後ろに、フライパンやレードル、トングなどのアルミ製のキッチンツール約2300個に何十トンものプレスをかけたオリジナルの建材を使い、印象的な壁を作りました。彼がそこで料理を仕上げる姿や、軽妙な話術も含めてパフォーマンスとして楽しめる店になればと考えたデザインです。
最近、田中シェフのように今まで築いてきたキャリアをリセットし、新しいステージに挑戦することについて考えることがあります。ご存知の方も多いと思いますが、僕が尊敬するギタリストの布袋寅泰(ほていともやす)さんが50歳になって、多くの成功を収めた日本を離れロンドンに移住し、世界を舞台に挑戦するという新たなステージへと踏みだしました。僕自身も47歳の時にアートというまったく新しい分野に挑戦し、写真では毎年パリで個展を開催しています(昨年はコロナのため東京で開催)。デザインの世界から一歩踏みだした、僕にとっての新しいステージです。
すでに築いたキャリアがあるのに、なぜ新しいステージへとチャレンジするのか? それはひとえにアドレナリンを欲しているからではないでしょうか。今の仕事にアドレナリンが出なくなったわけではありません。でも自分が目標としてきた世界がなんとなく見えてくると、そこに到達しようと一心不乱にやってきたものがトーンダウンする気がして、キャリアを変えたり、新しい国に行ったりして、新しい自分へと挑戦してみたくなるのです。
人生は挑戦であり、ビジネスは戦いです。戦いなれた環境や相手でなく、未知なるステージや相手に出会うことで、新たな価値観に触れ、それが刺激となります。何かを背負ってセカンドステージに踏みだす場合もありますが、やはり一番の理由は自分自身に負けたら終わりという気持ちではないでしょうか。新たなステージへの挑戦=自分の可能性への挑戦なんです。
新しい世界へ飛びこむということには不安が伴います。しかし、そんな僕を奮い立たせてくれたのは、これをやらなかったら死ぬまで後悔するだろうという気持ちでした。そして、新しい世界に飛びこんでみて改めて感じたことは、すべてにおいてアドレナリン全開で没頭することが最高に気持ちよいということ。
コロナ禍において、現状で満足していいのだろうかという疑問がふつふつと湧いている人も多いかと思います。自分で自分をワクワクさせることにブレーキをかけず、新たな境地を切り拓いていってほしいです。
Yasumichi Morita
1967年生まれ。デザイナー、グラマラス代表。国内外で活躍し、2019年オープンの「東急プラザ渋谷」の商環境デザインを手がける。その傍ら、’15年よりパリでの写真展を継続して開催するなど、アーティストとしても活動。オンラインサロン「森田商考会議所」はこちら。