味覚や嗅覚を超えた知覚表現を追求し、ミュージックペアリングを提唱するシャンパーニュのクリュッグ。メゾンは世界的音楽家の坂本龍一に作曲を依頼。偉大なヴィンテージ2008年から生まれた3つのキュヴェを表現する組曲が完成し、披露された。
ピアノソロからアンサンブルそしてオーケストラへ。クリュッグの世界観を表す組曲
静かにゆっくりと奏でられるピアノの調べ。坂本龍一が唯一無二のシャンパーニュ、クリュッグの3つのキュヴェをイメージして作曲した「Suite for Krug in 2008」は、ピアノの独奏から始まった。
欧米に住む多くの人々にとって、坂本龍一はYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のメンバーというよりも、映画音楽の作曲家のイメージが強いらしい。クリュッグ家6代目のオリヴィエ・クリュッグも、『戦場のメリークリスマス』(仏題は『Furyo(俘虜)』)で初めて坂本を知ったという。坂本はこの映画にヨノイ大尉役で出演すると同時に音楽も担当し、英国アカデミー賞作曲賞を受賞した。
クリュッグラヴァーを自任する坂本が、メゾンから作曲を依頼されたのは2年前。2008年というひとつの収穫年に生まれた3つのキュヴェ、「クリュッグ クロ・デュ・メニル 2008」「クリュッグ 2008」「クリュッグ グランド・キュヴェ 164 エディション」をテーマとする楽曲の創作であった。
では、これら3つのキュヴェとはいったいどのようなシャンパーニュなのか。
まず、クロ・デュ・メニルはクリュッグが所有するわずか1.84ヘクタールの単一畑。シャルドネの聖地とされるコート・デ・ブランのグラン・クリュ(特級畑)、ル・メニル・シュル・オジェの中心にあり、1698年以来、周囲を石垣で囲まれている。この畑で栽培される白ブドウのシャルドネから、特定の年にのみ造られるブラン・ド・ブランがその名もクロ・デュ・メニル。単一畑、単一品種、単一収穫年という、ひたすら純粋性を追求したシャンパーニュである。
次のヴィンテージは、クリュッグの創業者であるヨーゼフ・クリュッグが提唱した第2のキュヴェ。単一収穫年のブドウから造られるシャンパーニュである。ヨーゼフはメゾンが生みだすふたつのキュヴェについて自らの手帳に書き記し、第2のキュヴェを「その年の状況に応じて変わり得るもの」と定めた。ヴィンテージは一般に、よい年の優れたワインを選んで造られるが、クリュッグの場合は異なり、「その年のストーリーを最も如実に表現するワイン」が選ばれ、組み合わされる。
では、第2のキュヴェがヴィンテージなら第1のキュヴェは何か? それがグランド・キュヴェである。年ごとの天候如何によらず、この上なく豊潤なシャンパーニュを目指して毎年リクリエイト(再現)されるもの。10前後の異なる年のワインを含み、アッサンブラージュ(ブレンド)されるワインの数は200を超えることもある。
またラベル上に見られる数字はエディションナンバーで、初代ヨーゼフが創造した最初の第1のキュヴェを起源に、毎年その再現を繰り返してきた回数を表す。最新は「170 エディション」だが、今回はアッサンブラージュされた最も若いワインが2008年となる「164 エディション」だ。
SEEING SOUND, HEARING KRUG 音を視る、クリュッグを聴く
ところでシャンパーニュと音楽という、一見、何の繋がりもないように思える組み合わせだが、クリュッグでは以前からその関連性に注目し、「KRUG ECHOES(クリュッグ エコー)」と題してミュージックペアリングを提案してきた。耳に響く音楽は、シャンパーニュの香りや味わいと共鳴するとの考えに基づいた試みである。
さらにそのシャンパーニュ造りにおいても、クリュッグは音楽的なアプローチを取る。女性シェフ・ド・カーヴのジュリー・カヴィルをはじめとする醸造チームは、アヴィーズのシャルドネはチェロ、アイのピノ・ノワールはホルンといったように、シャンパーニュ地方にある個々の区画を演奏家と捉えている。そして彼女らは毎年400といわれる候補の区画を“オーディション”し、その個性を見極め、どのキュヴェに用いるかを決めるのだ。そのなかにはクロ・デュ・メニルのシャルドネのようにソロで輝く区画もあれば、サント・ジェムのムニエのように、ソロには向かずともオーケストラのシンフォニーには欠かせない区画もあったりする。
さて、同じ収穫年から造られたクリュッグの3つのキュヴェをテイスティングし、坂本は3楽章からなる組曲とすることを閃いた。
第一楽章はピアノの独奏。まさにクロ・デュ・メニルの純粋性を象徴する、清らかな音色が響く。ゆっくりとしたテンポで軽やかにメロディーが流れ、途中で曲は低いキーに変わる。まさにシャルドネのエレガンスとクロ・デュ・メニルの厳格なミネラル感が表現されている。
第二楽章は弦楽五重奏にハープとピアノ、木管楽器を加えたアンサンブル。坂本はこの構成で2008年というヴィンテージを表現した。この年は過去10年で最も冷涼で、日照時間の短かった年。ただし夏の天候は安定し、葡萄はゆっくりと成熟した。エレガントかつ凝縮感にも富むこのシャンパーニュに、メゾンは「クラシック・ビューティ(時を越えた美しさ)」という別名を与えている。
第一楽章もそうだがこの第二楽章は特に、日差しが弱く涼しげな印象の2008年を、どこか寂寥感を漂わせつつ、美しい曲に仕上げている。もしもヴィンテージが2003年や2006年のような、暑く太陽に恵まれた年だったら、このような曲調には決してならなかったであろう。
第三楽章はフルオーケストラ。11の異なるヴィンテージにわたる127種類のワインが組み合わされたグランド・キュヴェ 164 エディションの、豊潤さ、深み、何層にも折り重なるレイヤーを、ヴァイオリンの透き通った調べやオーボエの柔らかな音色、ホルンの落ち着いた響きなどが紡いでいく。終盤徐々に盛り上がり、一気に炸裂するエンディングは、グランド・キュヴェ 164 エディションの並外れたスケール感を表すものだ。
今回のプロジェクトの根幹にあるテーマが、「SEEING SOUND, HEARING KRUG~音を視る、クリュッグを聴く~」。坂本の曲はクリュッグを聴覚で味わわせるだけでなく、2008年のシャンパーニュ地方の情景やそこでの人々の営みを、はっきりと可視化してみせてくれた。
RYUICHI SAKAMOTO
1952年東京都生まれ。YELLOW MAGIC ORCHESTRAで活動後、音楽家として多方面で活躍。映画『ラストエンペラー』では、日本人初のアカデミー賞作曲賞を受賞した。革新的な音を追求する姿勢が世界で高く評価される。
問い合わせ
MHD モエ ヘネシー ディアジオ TEL:03-5217-9736
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