かつてブームを巻き起こした焼酎が、新しいフレーバーや味わいに進化。“新世代の焼酎”となって再び注目を集めている。そこで、薩摩焼酎の“今”を探索しに、焼酎県・鹿児島の蔵元5ヵ所を食のスペシャリスト5人が巡った。
小牧醸造の裏手にある川内川(せんだいがわ)のほとりで、鹿児島の雄大な自然と豊かな大地を実感する、蔵巡りのメンバー5人。左から、『鳥しき』池川義輝氏、レバレッジコンサルティング 代表取締役の本田直之氏、『十番右京』などを展開する岡田右京氏、ワインテイスター・ソムリエの大越基裕氏、『酒井商会』など展開する酒井英彰氏。
雄大な自然を体感しながら、鹿児島・蔵元巡りの旅
鹿児島には焼酎蔵が112軒もあり、これほど蔵が集中している場所は世界でも珍しいという。しかしながらごく一部の銘柄やプレミアム焼酎しか名が知られていないのが実情。
「日本酒同様、焼酎は日本の誇るべき食文化なのだから、なんとか知ってもらうきっかけをつくりたい」と今回の蔵巡りを企画したのが、世界中の美食を知る本田直之氏だ。2000年初頭の本格焼酎ブームも体験している世代だけに焼酎への思い入れはとても深いものがある。
見渡す限りのさつま芋畑。鹿児島での栽培の始まりは1705年。琉球より伝わり、日照りや台風にも強く、火山灰土壌のシラス台地にも適した作物として普及した。
鹿児島といえば芋焼酎が主流。
「独特な匂いが苦手と言う人もいるけれど、新世代の焼酎を飲んだら驚くよ」と本田氏。実は自身、ネクストジェネレーションといわれる30〜40代の杜氏(とうじ)がつくる焼酎を知ったのはここ数年のことだとか。今回の蔵巡りにも参加している人気の割烹居酒屋、『酒井商会』などを営む酒井英彰氏の店で今まで飲んだことがない香り、味わいの焼酎を体験したのだという。
焼酎づくりに最適でフルーティーな香りや味になるといわれている「黄金千貫(こがねせんがん)」。皮も中身も白く、ホクホクとした食感、甘みもある。
「フルーツや花などさまざまな香りが重層的に感じられ、飲み心地がいい。しかも蔵ごとの個性が際立っている。“えっ、今こんなことになっているの!?”と感動したし、もっと注目されるべきだと思った」
そこで気になる蔵から30本を取り寄せ、和酒にも精通するソムリエ・大越基裕氏とふたりで試飲。質の高さと個性が際立つ5蔵に絞りこみ、薩摩焼酎の“今”を探索する旅が実現した。
中村酒造場の麹室で6代目中村慎弥氏ができたての室つき麹を見せてくれた。
蔵元巡りのメンバーは、発起人の本田氏を筆頭に、お酒のスペシャリストであり、今回の蔵選びにも協力した大越氏、焼き鳥文化を世界に発信する『鳥しき』の池川義輝氏、日本酒やナチュールワインの広がりに多大なる貢献をしてきた『十番右京』などを展開する岡田右京氏、個性を感じる“クラフト”が当たり前ですでに新世代の焼酎を店で扱っている酒井氏の5人。真摯に日本の食文化と向き合い、世界を視野に入れた発信力を持つ英傑たちが鹿児島に集結した、というわけだ。
焼酎づくりのシーズンは、さつま芋の収穫期である8月下旬〜11月頃。5人が蔵を巡った10月中旬はまさに最盛期ゆえ、どの蔵も収穫したてのさつま芋が山積みに。鹿児島がさつま芋の大産地ということを改めて実感する。また、水洗いしたさつま芋を黙々とチェックし、傷んだところを手際よく取り除いてザクッ、ザクッと包丁を入れる熟練のプロフェッショナルたちの、豪快だけれど、繊細な所作に皆の目が釘づけになった。
小牧醸造の商品は、飲んでみたいと思わせる洗練のデザイン。杜氏の伊勢吉氏は、鹿児島本格焼酎青年会の会長として業界を牽引するパワフルな存在だ。
「素材の個性を最大限に生かすため、目に見えないところでの地道で丁寧な仕事の大切さに自分の仕事と通じるものを感じて。蔵に入る前からじわじわと熱いものが胸の中に広がってきました」と池川氏は話す。
5つの蔵は、田園風景の中、山の中、川や海の側、街の中と環境はさまざま。蔵の中も蒸溜器の素材や形をはじめ個々でスタイルが違っている。想像を超える多様な環境とつくり手の思想、そしてその違いから生まれる多彩なフレーバーと味わいに、5人は一気に引きこまれていった。
旅を終えて。5人の胸に生まれた熱いモノとは
「つくり手の情熱を、情熱を持って伝える相互パワーが生まれた旅」本田直之
今回の蔵巡りの旅の目的は、情熱を持って食と向き合っている人たちと、熱い思いを持って奮闘しているつくり手がコミュニケーションを取ること。刺激し合うことで大きなパワーが生まれ、知られざるいいものが世の中に広まっていく原動力になったらと思ったから。それぞれの立場でこれからどう旅の体験をフィードバックさせていくのか……。今後の焼酎シーンに注目してほしい。
レバレッジ コンサルティング 代表取締役 本田直之
ハワイ・東京に拠点を構え、日米のベンチャー企業の投資育成事業を行う傍ら、日本はもちろん世界を旅して屋台から三つ星レストランまで美食を極めている。
「料理との相性も探りたくなる多彩な香りの焼酎」ワインテイスター/ソムリエ 大越基裕
次世代のつくる芋焼酎は、香りが主軸になっていることに驚かされた。芋自体の甘さ、芳ばしさ、オレンジをはじめ柑橘類や時に紅茶のようなフレーバーも感じられるなどバリエーションが豊富で個性的。実際つくり手に会って味わいと人柄が合致したのも面白かった。「焼酎は何にでも合う」という時代は終わったことを実感。これからは一歩踏みこんで、料理との相性も提案していきたい。
ワインテイスター/ソムリエ 大越基裕
銀座『レカン』のシェフソムリエを経て独立。コンサルタント、講師、飲食店経営ほか幅広く活躍。日本酒・焼酎など“和酒”の提案にも力を入れている。
「つくり手の熱い思いに自らの思いものせて、いい文化を伝えたい」鳥しき 池川義輝
焼酎と焼鳥。あまりにも身近すぎて真価を理解してもらえていない点が似ているなと感じた。「単なる居酒屋メニューではなく、職人の熱い思いが宿った素晴らしい食文化として認めてほしい」、僕はこの思いで15年地道に歩み続け、やっとここ数年「日本に焼鳥あり」と世界でも認められるようになってきた。だからこそつくり手の思いをつなげる場になり、応援し続けたいと強く思った。
鳥しき 池川義輝
焼鳥職人に憧れ、脱サラ。中目黒の『鳥よし』にて修業後、2007年『鳥しき』を開店。’10年、ミシュラン一つ星を獲得。「焼鳥達人の会」のメンバーとしても活躍。
「飲み方の工夫でつくり手の魅力を最大限にアピールしたい」十番右京 岡田右京
香り豊かな焼酎だけに、飲み方を丁寧に伝えなければと思った。20種くらいをグラスで飲めるようにして、わかりやすいコメントとともに「1杯目なら」、「最後に飲むなら」など順番を提案したり、ソーダ割り、ロックなど飲み方を提案したり。「美味しい」「飲みやすい」「違いがわかる」など「焼酎って面白い」という体験を積んでもらえるようリコメンドすれば魅力にハマる人は確実に増える!
十番右京 岡田右京
『十番右京』の経営者。J-POP CLASSICS&BAR『歌京』、『十番右京ナチュールスタンド』など次々に話題店をオープン。美食はB級から星つきまで網羅している。
「僕の役目はつくり手ひとりひとりの物語を伝えること」酒井商会/創和堂 酒井英彰
僕や店のスタッフなど20~30代にとって、どんな酒でもつくり手の顔や風土など個性を感じる“クラフト”がスタンダード。今回訪ねた蔵の次世代も同じ感覚だったのは嬉しかった。伝統を背負いながらの改革は大変だと思うけれど、日本酒界が変わったように焼酎界もきっと変わる。僕はつくる人と飲む人の間に立つ立場として双方と対話を続け、より魅力的な焼酎シーンをつくっていきたい。
酒井商会/創和堂 酒井英彰
オーストラリアのフュージョンレストランや三笠会館でフレンチを経験した後、ゼットン各店で料理長を務め、『並木橋なかむら』を経て2018年独立。
【後編】はこちら!