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2026.01.13
トランプ革命は「反アメリカ革命」だった。アレントが見抜いた制度崩壊の構図
なぜ世界最強の民主主義国家、アメリカは、権力の暴走を止められないのか? その制度崩壊は、同盟国・日本の経済と安全保障にどのような打撃をもたらすのか? 経済学者・野口悠紀雄さんが、アメリカの現実と日本の危機を鋭く読み解く。『アメリカが壊れる!』より一部を抜粋してお届けします。

フランス革命とアメリカ革命は、全く異なるものだった
ドイツ出身のアメリカの政治思想家ハンナ・アレントは、『革命について』(ちくま学芸文庫、1995年)の中で、フランス革命とアメリカ革命は、全く異なるものだったと述べている。
フランス革命は、身分の違いによって希望を断たれた平民階級が、既存の社会構造を覆そうとして起こした革命だった。そして、「社会的苦悩(misery)」の解消を優先した結果、政治が暴力へと堕していった。
それに対して、アメリカ革命は、植民地が不当に扱われているという不満から始まったのだが、植民地の人々は生死の境をさまよっていたわけではなかった。革命の目的は、イギリスの支配から脱して、自分たちの自由な国を建設することであった。そして、建国の父たちは、「公共的自由(public freedom)」という概念を中心に据え、持続可能な政治的秩序を作り上げた。
トランプ革命はプアホワイトの怨嗟に基づき、制度を破壊する
トランプ政権下のアメリカにおいて進行している現象は、「プアホワイト」と呼ばれる貧しい白人労働者が、社会の構造を覆そうとしているものだと捉えることができる。
その根源にあるのは、フランス革命当時の平民階級が持っていたのと同じく、現存の社会に対する不満だ。だから、これは、「制度を建設する革命」ではなく、「制度を破壊する革命」である。
プアホワイト層は、1990年代以降のアメリカ経済の新しい発展の中で、仕事と尊厳を失った。彼らが働いていた工場は海外に移転し、ラストベルトの工場は閉鎖された。
目覚ましい発展を始めたのは、シリコンバレーのIT産業や、ラストベルトの製薬産業であり、彼らが働いていた鉄鋼産業や自動車産業ではなかった。こうして、彼らは、エリート層に裏切られたと感じてきた。
この怨嗟の感情は、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」とか、MAGAというスローガンに収斂する。ただし、その本質は、ナショナリズムではなく、エリート体制への「報復」に他ならない。そうであれば、エリート階級が攻撃の対象となるのは、当然のことだ。
「関税をかければ、ファブレス製造業には不利に働く」と指摘しても、「そうした先端産業で働くエリートたちを破滅させることこそ、我々の目的だ」との反応が返ってくるだろう。
だから、トランプ革命の本質は、フランス革命と同じものであり、「反アメリカ革命」なのである。

なぜ大統領に過大な権限?
アレントが指摘するように、「立法・行政・司法が相互に抑制することによって、権力の集中を防ぐ」という「三権分立」は、アメリカ革命を制度面で支える核心的な装置だった。
しかし、強固に見えたこの仕組みが、1970年代頃から徐々に変貌してきた。とくに重要な変化は、1970年代からの通商政策の変化だ。1974年通商法や1988年包括通商競争力法などの導入によって、それまでは議会の権限であった関税率の決定が、大統領に委任されるようになった。
これらの措置は、1980年代~90年代の日米経済摩擦の中で導入された。当時のアメリカは、激増する日本やドイツからの輸入に攪乱され、経済が疲弊状態に陥っていた。それに対処するために、これらの措置が必要と考えられたのだ。
いまから見れば、こうした措置は、一時的なものとして廃棄されるべきだった。しかし、それらは放置された。そして、これらの特例措置が、今回の関税戦争を可能とする基本的な手段になっている。
これは、立法権限の行政への過剰な移譲という制度的劣化であり、アレント的視点からすれば、「革命を支えた制度」の破壊である。
これが三権分立のバランスを著しく壊すことになろうとは、その当時は、誰も考えなかっただろう。しかし、結果的に見れば、そうなっている。つまり、制度面からいうと、「反アメリカ革命」は、いまに始まったものではない。
三権分立が崩壊しつつあるアメリカ
トランプ大統領は、就任初日の2025年1月20日に、2021年の連邦議会襲撃事件で有罪とされた約1600人に恩赦を与えた。重大な犯罪で長期刑を受けた受刑者14人については、減刑の上、釈放を命じた。
これは、アメリカにおける「制度の死」を象徴する重大な出来事だった。司法によって有罪とされた者に対し、大統領が政治的思惑から恩赦を与えることは、法の支配の否定であり、三権分立の理念に反する行為としか思えない。
暴力的手段で選挙結果を覆そうとした者たちを「愛国者」と呼び、その行動を免責する措置は、民主主義の根幹にかかわるものだ。
これによって、選挙という制度の源泉が危機にさらされ、議会の権威は著しく低下した。形式上は立法・行政・司法の三権分立が維持されているかのように見えても、実質的には大統領の権力が突出しており、制度のバランスは破綻している。
アメリカ革命が確立した憲政的秩序は、いまや大統領の権限強大化で空洞化しつつある。これは単なる制度の劣化ではなく、アメリカ民主主義に対する内側からの破壊行為に他ならない。

エリート攻撃は必然?
こうした視点から見れば、トランプ政権が科学研究を敵視し、大学を弾圧する意味がよく分かる。それらは「エリート攻撃」という意味で、必然性を持っていると考えることができる。
バンス副大統領のブレーンであり、ノートルダム大学教授であるパトリック・デニーンは、「エリート層は大衆を恐れ、その不満を表現させないようにしている。これは、本質的に非民主主義的なことです」と述べている(注1)。
こうした認識は、保守主義内部に広く浸透している。これに呼応する形で、トランプ政権は、大学や研究機関を「敵」として扱い、科学的知見を否定する政策をとっている。こうした政策は、今後もますます先鋭化するだろう。
(注1)朝日新聞「(帝国の幻影 壊れゆく世界秩序)第1章 失敗した米のエリート層 副大統領ブレーン、米教授に聞く」2025年5月20日。
ソフトパワーの破壊
一方、ハーバード大学名誉教授であった故ジョセフ・ナイは、トランプ政権の行動様式を「ソフトパワーの破壊」と評した(注2)。
ナイが定義したソフトパワーとは、軍事力や経済力とは異なるものであり、文化・価値観・制度・政策といったものだ。
これらは、「他者を魅了し、自発的に従わせる力」であり、アメリカの国際的影響力の核心をなしてきた。とりわけ、民主的制度、法の支配、学問の自由、移民を受け入れる包摂性は、世界中の人々を惹きつけるアメリカの魅力の源泉であった。
しかし、トランプ氏は、こうした制度的基盤を軽視し、それらを破壊する方向に動いている。研究費の削減、大学の締めつけ、移民排斥、そして国際協調の否定は、いずれもナイの言う「アメリカの魅力」を破壊する行為だ。
これこそが、「トランプ革命」の本質である。それは、アメリカ内政にとどまらず、自由主義的国際秩序そのものを揺るがす事態につながっている。
世界各国は、これまでアメリカの制度的安定を信頼し、協調関係を築いてきた。だが、そのアメリカが魅力と信頼を失えば、国際社会におけるリーダーシップは瓦解し、力による対立の時代へと復帰する危険がある。そうだとすれば、この問題が世界に及ぼす影響は甚大だ。
(注2)日本経済新聞「ソフトパワー失うアメリカ ジョセフ・ナイ・ハーバード大学名誉教授」2025年5月3日。
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