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2024.10.07

真夜中に娘さんを縛って… 古い洋館に派遣された家政婦が知った悲しい現実

57歳で家を飛び出し家政婦に! 派遣された家々では驚きの出来事が…!?  当時87歳だった「家政婦 金さん」こと石川金さんによる衝撃の実話エピソードをご紹介。書籍『家政婦 金さんのドラマみたいな体験日記』より、一部を抜粋してお届けします。

鍵のつけられた部屋にいたのは…

古く美しい洋館の呼び鈴を押して、出てこられたのは初老のご婦人でした。中に入ると、しんと静まりかえっています。このお家はできるだけ長く住み込みというご希望でした。その荷物をまずは玄関脇の洋間に置き、台所へ向かいます。

「奥様、お食事は何人分のご用意ですか」

「家族は2人分で、1人分のご飯はおにぎりを3個作ってお皿に載せてラップしてください」

冷蔵庫を見せていただくと、ほとんど調味料しかありません。

「お肉やお野菜などは、どこへお買い物に行けばいいでしょうか」

奥様はメモを渡されながら、

「この近くにはお店がないから、ここに電話すれば配達してくださるわ」

と言われました。そのさんらしき番号にかけて、いくつかを注文すると30分ほどで女性が、

「毎度ありがとうございます。ご注文の品、これでよろしいでしょうか」

お支払いをした時、女性は何か言いたげな様子でしたが、結局何も言わず帰っていきました。

その夜の献立は、帆立の焼きと紅白サラダ、五目豆。汁物はいらないと言われたので作らず、デザートはいちごとキウイです。

「一人では寂しいから石川さんもここでどうぞ」

と言われ、私も一緒にダイニングテーブルへ。食事を多めに作り、私の分を分けていただくことはほかのご家庭でも基本ですが、一緒にテーブルを囲むことはあまりありません。そして向かい合わせに座ったものの、奥様は最初に、

「美味しい食事を作ってくれてありがとう」

という一言をおっしゃったのみでした。あまり笑顔がなく、寂しげな表情。お体がどこかお悪いのかしらと心配になりました。

「奥様、おにぎりも3個作ってありますが」

「実は娘が自分の部屋にいるから、そこに運んでください。おかずはここに出してあるお弁当箱に入れて、お茶はボトルに半分入れてくださいね」

私はその通りのものをお盆に載せ、奥様の後についていきました。

その部屋は8畳ほどの洋間で、ドアは一枚板ではなく大きめの正方形に枠が組んである格子戸。取手の周りには板が張られていて、表に付けた鍵には、中からは簡単に手が届かないようになっています。窓は手の届かない上の方にありましたが、光は十分に入る大きさ。ドアの横に小さな机、奥の方にベッド、その横にはポータブルトイレが置かれ、それ以外の床は散乱した犬のぬいぐるみと西洋のお人形で埋まり、ところどころが山になっています。

奥様がドアを開け、私は机の上にお盆を載せました。奥様が名前を呼ぶと、ぬいぐるみとお人形の山の中から女性がむくっと起き上がりました。そのまま立ち上がってこちらへ歩いてくる娘さんはかなりふくよかで、50歳を過ぎているとのことでしたが、色白でシワもなく30代に見えます。彼女は私には目もくれず、早速おにぎりを頬張りました。奥様は、

「ゆっくり召し上がれ」

と声をかけられ、私たちはダイニングに戻りました。

そして奥様はこれまでのことを語ってくださったのです。

真夜中に暴れる娘さんを縛って…

なんでも娘さんは20歳の頃失恋され、それが原因でノイローゼになり、入院して治療を受けていたとか。彼女は夜中になると大きな声を出して暴れるので、病院では薬で眠らせていたこと。外出したり運動させることもないため太る一方で体も心配だったこと。さらに今の医学では快復は難しいとお医者様に言われたこと。

「そうこうして30年経った頃、主人が亡くなって私一人になったこともあって、部屋を改装してここへ連れてきたんです。治すのが難しいなら、せめて生きている限り一緒にいたいと思って」

「そうなんですか……」

「だけど、やっぱり夜中に奇声をあげたり暴れたりはしてしまうから……。だからね、怪我をしないようにと思ってね……仕方なく、手足を縛るようにしてるの。かわいそうなんだけど、娘はもう何もわからないみたい。

だけど私も80歳を過ぎた今、夜中のお世話はとてもできないから、申し訳ないんだけど面倒をみていただきたいんです。ほとんど毎晩だから、来てくださる家政婦さんは皆さん2~3日で辞めていかれるの。疲れてしまうから当然なんですけど……。

大変なのは承知で、でも私を助けると思って、どうかよろしくお願いします」

奥様は涙を浮かべながら言われ、私ももらい泣きしてしまいました。どんなにお辛かったことでしょう。慰める言葉もありませんが、できる限りのことはしようと決心しました。

私の寝る和室は娘さんの部屋の隣です。いつでも駆けつけられるよう、普段の服のまま寝ることにしました。

その夜、1時過ぎ。大きく叫ぶ高い声が聞こえてきました。すぐに隣に行き、格子戸の鍵を開けて部屋に入りました。娘さんは甲高い声で何かを叫ばれながら、人形やぬいぐるみをボンボンと部屋中に投げていらっしゃいます。しばらくすると、格子戸をガタガタと揺らされましたが、開けようとする様子はありません。

ずっと暴れていらっしゃるので、これはやはりお怪我しそうだと思い、小さな声で「すみません」と言いつつ、細長いタオルのようなもので緩めに手と足を縛りました。少し動きが収まったので、私は子守唄を歌ってみました。次から次へと、知っている限りの子守唄を歌い続けました。初めは変わらず叫ばれていた娘さんも、私の下手な歌でもわかっていただけたのか、お声も小さく、表情も穏やかになられました。

少しホッとしながらさらに歌い続け、床の上ではありますが寝入られたのを見計らい、毛布をかけて部屋を出ました。すでに朝になっていました。しばらくして台所に行くと、奥様が来られました。

「大変だったでしょう」

「うまくはありませんが子守唄を歌っていましたら、静かになられて眠られました」

「そうですか。娘は子供に戻ったのかもしれないわ」

日中はやはりしんどかったのですが、食事の支度以外はお仕事も少なく、空いた時間は休めました。その夜も1時を過ぎると叫び声が聞こえ、隣の部屋に行って手足を縛り、朝まで子守唄を歌いました。その次の夜も、次の夜も。私がこんなに夜眠らなかったことは人生で初めてです。昼間に合間合間で横になってもあまり疲れはとれず、かなりしんどくなってきました。

30年もの長い間、気の休まる時はなかったという奥様を精一杯応援したいと思っていたものの、私も若くないので無理はできません。悩みましたが、結局5日間が限界でした。大変申し訳なかったと思っています。

その後もうちの会から派遣されていましたが、やはり2、3日で交替となります。それでも乗り切っていかなければならないので、その日その日で空いている人にとにかくお願いしていたようです。

1日でも、その夜だけでも助けを求めている。そのようなお家があるのだと、深く心に刻みました。

この記事は幻冬舎plusからの転載です。
連載:家政婦 金さんのドラマみたいな体験日記
石川金,小栗左多里

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