バスケットボール男子日本代表を指揮するトム・ホーバスヘッドコーチは、熱い指導でも知られる。試合中にベンチから檄を飛ばす場面も度々見られるが、選手・スタッフからは「トムさん」と慕われている。2021年の東京五輪で女子日本代表を銀メダルに、そして男子をパリ五輪出場に導いた名将の組織マネジメント論に迫った。#1
メディアの注目を浴びた河村勇輝とのやり取り
2023年夏に開催された、バスケットボール男子W杯の1次リーグ最終戦のオーストラリア戦。タイムアウト中にトム・ホーバスヘッドコーチ(以下HC)が、ディフェンスの約束事を遂行しなかった司令塔の河村勇輝に言い放った。
「細かいことを分かってないならダメだよ! 簡単なことじゃないですか!」
河村が「分かっている」と返事をすると、ホーバスHCは再び一喝。「言い訳!」と声を荒げた。
その様子はテレビ番組などでも取り上げられて話題となっていたが、このやり取りには続きあった。ホーバスHCが回顧する。
「“言い訳”はネガティブな印象のある言葉ですし、実はあの瞬間、『ちょっと強く言い過ぎたかも』と私自身も思ったんです。だから、試合後に河村といろいろ話をして私の考えを伝えたら、彼も納得してくれました」
現役時代はトヨタ自動車などでプレーし、1995年に日本人女性と結婚。引退してアメリカに帰国するも、2010年からは指導者として日本に戻ってきた。
「言い間違いがあったとしても、自分の言葉で伝えたい」とのポリシーから、母国語の英語ではなく、日本語で直接指導するようにしているという。
厳しい言葉を浴びせると、パワハラと騒がれる昨今。会社での上司の指示や、部活動での顧問の指導が問題視されることも多い。部下や選手への接し方が難しい時代ともいえるが、ホーバスHCは自信を持ってこう言い切る。
「私は指導するうえで、パワハラとかそういうことはいっさい考えない。注意する時はきちんとした理由があります。『選手にうまくなってほしい!』『チームを強くさせたい!』という強い思いを伝えることができれば、たとえきつく叱ったとしてもハラスメントにはならないと私は思います。しっかり関係性をつくっていれば、選手も分かってくれます」
大学時代の鬼コーチを反面教師に
組織を率いるにあたり、ホーバスHCが意識しているのが“空気を読む”ことだ。
試合や練習中だけではなく、練習前後や食事中などコート外でも選手を観察し、積極的にコミュニケーションを取ることを心がけている。
「コーチが空気を読めないと、いいチームはできません。でも、空気を読むためには日頃からコミュニケーションを取ることが必要。選手と直接話をするのはもちろんですが、表情や行動なんかも見ています。言葉よりも、そういったノンバーバル(非言語)的な部分をよく観察する方が大事です」
ホーバスHCが指導者として参考にしているのが、ペンシルベニア州立大学時代にバスケ部で指導を受けたコーチ。研究熱心で情熱的な姿勢を見習う一方で、“上から目線のコーチング”は反面教師にしているという。
「大学時代のヘッドコーチはものすごく厳しかった。練習内容もかけてくる言葉もすべてが激しくて、バスケを辞めようと何回も思いました。試合に勝つため、強くなるためにバスケをとことん研究する姿は尊敬できましたが、『こうしろああしろ』と一方的な命令ばかりで、選手への愛情は感じなかった。その経験があるから、私はコミュニケーションを何よりも重視しています」
愛情を持って選手に接し、積極的に対話もするが、親密になりすぎないようにも心がけている。
「調子が悪い選手は日本代表から外すとか、監督は時にシビアな判断も下さなくてはいけない立場です。だから、選手との距離感が近すぎてはいけないと思います。コミュニケーションには正解はないし、選手によっても変わってきます。そこも“空気を読む”のが大切です」
チームを強くしたい気持ちを誰よりも持っているからこそ、本気で選手と向き合い、時には厳しい言葉もかける。ホーバスHCの指導の根底にあるのは、勝ちたいという思い、そして選手への愛に他ならない。