NSC(吉本総合芸能学院)で10年以上人気講師1位を獲得し続ける桝本壮志さんが、縁の深い芸人・クリエイターと語り合う本連載。25年以上の付き合いになるピース・又吉直樹さんを迎えた最終回。

1980年大阪府寝屋川市生まれ。NSC東京校5期。前コンビでの活動を経て2003年に綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成。文筆業では2015年『火花』で第153回芥川賞受賞。近著にヨシタケ シンスケとの共著『本でした』など。2026年1月に新作小説を刊行予定。
もっと“コメディ”が必要。ビートたけしから学ぶ原点回帰
桝本 まったん(又吉直樹さん)への唯一の不満は、弱音を吐かないこと。文章の中では自分の悩みを書いているけどさ、たまには人に頼りなよ。
又吉 確かに「人に頼り慣れてない」というのはあると思います。桝本さんの本を読んでいると、「後輩はちゃんと桝本さんにいろいろ質問したりしてんねや」って思いましたし。
桝本 なにか今、相談したいことはある?
又吉 僕もやりたいことが沢山あるタイプなんですけど、テレビに多く出させていただくようになったのが30歳ぐらいなんですね。それで小説を書いたのが35歳です。テレビは5年くらい早く出れるようになってるイメージやったし、小説も今の年齢までにもっと書いておきたかったんです。相方の綾部がアメリカにいるあいだに「1人で吉本の寄席に立ってみたいな」とか、やりたいことが色々あるんで、何をどう選べば良いのかを聞きたいです。
桝本 僕は又吉直樹のファンであり、又吉直樹をよく知っているからこそ、多少の助言はできると思うんだよね。又吉直樹は芥川賞受賞という大きなことを成し遂げた人間ですけど、まず僕が惹かれるのは、お笑いを一直線に目指していた人間であるということ。そしてエッセイ集の『月と散文』で「芸人の芸事以外の表現」について書いた部分で北野武さんに触れていたけど、まったんに足りないと思ってるのは、たけしさんがビートたけしとしてやり続けてること。つまり、もっとコメディをやってほしいんですよ。
又吉 そうですよね。

1975年広島県生まれ。放送作家として多数の番組を担当。タレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)および、よしもとクリエイティブアカデミー(YCA)の講師。2連覇した令和ロマンをはじめ、多くの教え子をM-1決勝に輩出している。新著『時間と自信を奪う人とは距離を置く』が絶賛発売中! 桝本壮志へのお悩み相談はコチラまで。
桝本 これはたけしさんが『わッ毒ガスだ』(1980年刊行)って本の中で書かれていることなんだけど、芸人はもともと河原者やったと。いわゆる差別される側の人間ですよね。でもそこから芸人の世界が進化して、たけしさんがベネチア国際映画祭で金獅子賞を取った。M-1とかの文化が発展して、お笑いの世界も変わっていった。そうした変革期のなかで出てきたのが僕は『火花』だと思ってるの。
又吉 ありがとうございます。
桝本 求められるんであれば、僕はまったんの冠番組を作りたいと思ってます。そして僕だけじゃなくて、又吉を求めているテレビ関係者は本当に多いの。『火花』を出したあとで小説家・又吉直樹のファンは沢山生まれた一方で、テレビマンでもまったんと仕事をしたい人は増え続けてるんだよね。
又吉 ありがたいです。その話とつながるんですけど、ついつい小説で大きな賞をもらってしまったことで、この数年間は「自分の役割を果たさなあかん」と思いすぎてたな……と感じます。
桝本 それ、感じる!
又吉 それで僕は今、お笑いをめちゃくちゃやりたいなと思っていて。「まずはピンネタを作らなあかん」と思ってたんですけど、桝本さんの本を読んでいると「この場合は必ずこうすべき」みたいなセオリーは捨てたほうがいいんだなと感じました。あと、小説も4作書いてきましたし、この先はもう少し自分の好きな方に振ってもいいかなと今は思ってます。
桝本 最近読んだ本に書いてあったんだけど、僕らって今から人生のピークを迎える能力がまだまだあるんだよ。シャトルランで最高タイムを出せるのは13歳~15歳くらいらしいんだけど、人の感情を読む力のピークは51歳で、語彙力のピークは67歳なんだって。
又吉 そのあたりの力はまだ伸びていくんですね。
桝本 若い頃、僕は野球、まったんはサッカーをやってたけど、いろんなことに興味を持ちながら語彙力がマックスに達するのは67歳って、文章を書く仕事をする人にとっては「こんな素晴らしい仕事はない」って思うよね。
又吉 そう考えると、今そこまで文筆の仕事で焦らなくてもいいですね。
桝本 そうなんだよ。

あえて今、芸人に告ぐ。「テレビにはしがみつけ」の真意
桝本 ちょっと大きな尺度になるかもしれないけど、5年とか10年のスパンで、これからやっていきたいことはあるの?
又吉 まずは、さっき言ったように寄席に出たいんですよね。この数年は相方がアメリカに行って、コロナ禍もあって、それまでルミネでの出番がなくなったんです。自分で朗読会を開くとか、自分でコントライブを開くことでしかライブができない状況が続いてたので、寄席にも出てみたいと思っています。あと、桝本さんに先ほど助言されたから言うわけじゃなくて、ちゃんとバラエティにも出たいと思っています。
桝本 ぜひお願いします。
又吉 そして笑いだけにシフトするんじゃなくて、小説もやっぱり書き続けたいんです。僕は「自分にしかできない表現をしたい」という気持ちを子どもの頃から持ち続けていますし、それをいま具体的に言うと、笑える小説を書きたいと思っています。
桝本 それは楽しみやな。
又吉 もっと笑いに振り切った文芸というか、「文芸人(ぶんげいにん)」みたいな新たなジャンルを作れるなら作りたいと思ってます。そして2026年には、『さよなら、絶景雑技団』というユニットコントを小説にした『生きとるわ』という作品が出ます。
桝本 パンサー向井とかライスとかとやってた舞台か。
又吉 その1本を広げて書いた感じですね。舞台ではそこまでウケなかったんですけど、むしろ小説に向いてたのかもと感じていますし、たぶん今まで一番読みやすい小説だと思います。アホばっかり出てくるので。
桝本 それは楽しみやね。
又吉 あとテレビについては、近々出るバラエティ番組でもこれからのお笑い界への提言をする機会があったんですけど、そこでも言ったことが「テレビに出ろ」ということ。今はSNSもYouTubeもあるし、いろいろやったほうがいいんでしょうけど、テレビに絶対出たほうがいいし、しがみついたほうがいいと僕は思っているんですよね。それはこの対談で前にも言ったように、僕はテレビこそが平等な空間やと思っているのと、あとは何周かいろいろなメディアを見た結果、「テレビが一番早い」と感じるようになったからです。
桝本 SNSやYouTubeよりも早いってことは、最先端ってこと?
又吉 「誰にとって最先端か」で変わると思うんですけど、子どもとか僕らの親世代はネットの情報にもあまり触れないし、日本全体で言ったら真ん中のメディアじゃないですよね。「世の中全体で見たらテレビが真ん中だよね」というメチャクチャ当然なことに気づいたんです。
桝本 なるほど。テレビの前にお茶の間の真ん中にあったラジオは、今年(2025年)で放送開始100年だけど、radikoやタイムフリーでのサービスなどで大復活を果たした。NSCの生徒も「ラジオで活躍したい」という芸人が多いんだよ。テレビ界は、まったんに「真ん中」と言い続けてもらえるように、進化と努力をしていかなければいけないと感じましたね。

