NSC(吉本総合芸能学院)で10年以上人気講師1位を獲得し続ける桝本壮志さんが、縁の深い芸人・クリエイターと語り合う本連載。25年以上の付き合いになるピース・又吉直樹さんとの2回目。

大阪のサッカー名門校から東京NSCへ
桝本 僕の新著『時間と自信を奪う人とは距離を置け』はNSCの授業が題材の本だから、まったん(又吉)のNSC時代の話も聞いてみたい。まず、大阪出身なのに、なぜ東京のNSCに入ったの?
又吉 それは僕がサッカーをやってたのが大きくて。
桝本 名門の北陽(現在の関西大学北陽高等学校)。
又吉 監督をしている野々村さんは、すごく生徒の面倒見が良い方で、今も尊敬しています。Aチームに入るようなメンバーは3年生の秋冬までサッカーを続けてから勉強するので、進学がけっこう難しいんですけど、野々村監督はそうした部員の進学先や社会人サッカーの就職先まで面倒を見てくださっていて。
桝本 いい監督さん。
又吉 僕らの時代は練習も過酷だったので、100人入部しても最後まで残るのは10人くらい。その10人は「プロになりたい」「大学や社会人でサッカーをやりたい」と頑張ってるのが普通なんです。でも僕は「芸人になる」と決めていたんで、1年生のうちから「卒業後は親父の仕事を手伝おうと思ってます」と嘘をついていて。

1980年大阪府寝屋川市生まれ。NSC東京校5期。前コンビでの活動を経て2003年に綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成。文筆業では2015年『火花』で第153回芥川賞受賞。近著にヨシタケ シンスケとの共著『本でした』など。2026年1月に新作小説を刊行予定。
桝本 お父さん、配管工やったよね。
又吉 それで芸人の夢を監督さんに言えずに3年生になっても、「お前は大学とかでサッカーやる気ないんか?」と気にかけてくださって。でも、そこまでサッカーやって吉本に行く人なんていないし……。
桝本 そらそうやね。
又吉 それで言えなくて。しかも監督さんの顔が広くて、吉本にも知り合いが沢山いることも明らかになり、「大阪のNSCに入ったらバレるな」と思ったんです。当時(前のコンビの「線香花火」時代)の相方の原は心斎橋の高校に通ってたし、「お金のこともあるし、絶対大阪でやりたい」と言ってたんですけど、「頼む! 東京に一緒についていってくれ」って頼み込んで。
桝本 サッカー名門校がゆえの東京やったんや。
又吉 そうなんですよ。でも卒業から2、3年経って、母が試合を見に行ったときに、監督は「息子さん、吉本で芸人やってるらしいですね。頑張れ言うといてください」と言っていたらしくて。もう知ってらっしゃって、応援してくださっていたんです。なので、僕が勝手に「怒られる!」と思ってただけでした。

1975年広島県生まれ。放送作家として多数の番組を担当。タレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)および、よしもとクリエイティブアカデミー(YCA)の講師。2連覇した令和ロマンをはじめ、多くの教え子をM-1決勝に輩出している。新著『時間と自信を奪う人とは距離を置く』が絶賛発売中! 桝本壮志へのお悩み相談はコチラまで。
ピース又吉が謝罪する、伝説のNSC移転事件
桝本 一説によると、あなたのせいでNSCが移転したっていう話があるよね。
又吉 ありますね。養成所が赤坂とか溜池山王の近くにあったとき、NSCと本社の間の踊り場で……。
桝本 あの踊り場で寝てたの!?
又吉 そうなんです。
桝本 当時は一般企業とNSCの教室が一緒に入っているような建物だったけど、そこの階段の踊り場で寝てたことが問題になったんだよね?
又吉 深夜稽古の後はみんな始発で帰るんですけど、僕は「ここなら誰とも会わないか」と思って、そのまま踊り場の寝やすいところで寝ていたんです。それで気がついたら会社員の人たちが僕を跨いで建物の中に入っていっていて、「あれ、何やこれ……?」と思って。そしたら誰かが通報もしたみたいで、写真をカシャカシャ撮られて「動くな!」って言われて。それがきっかけでNSCが「出ていけ」と言われたらしく。
桝本 それで吉本は移転してるんですよ(笑)。
又吉 なので、ほんまに移転は僕のせいです。本社に呼び出されて、自分が寝ていた証拠の写真を突きつけられて「どうしてくれんねん!」と怒られましたから。そのあと先輩たちが「赤坂のNSC行きやすかったのに、なんで西大井に移転するんや!」って話しているのを聞くたびにメチャクチャびびってました。
※3回目に続く

