2015年にひとつめの保育園を開園してから10年、エデュリーは、今や首都圏にグループで14園を展開し、新規事業もスタートさせた。「探究型保育」を普及すべく、菊地翔豊氏が新たに挑んだこととは。最終回。

探究型保育のガイドラインをサブスクで提供
理念は言語化し、現場で働く保育者に確実に伝えなければ意味はない。紆余曲折を経て、それを実感した菊地氏は、探究型保育を遂行するためのガイドラインとして「らいくる」を確立。子どもの主体的な活動を促す環境設定から、保育者はいかにして子どもをサポートするか、記録と振り返りの方法まで、”探究型“を細かく言語化・可視化したものだ。
「『らいくる』は、保育者が客観的な指標に基づいて自己評価・相互評価を行うという機能も備えています。『らいくる』を導入したことで、どの園も保育の計画や実践がスムーズになると同時に、自分たちの保育を客観的にチェックし、改善点や問題点などを的確に拾えるようになりました。今では、現場でPDCAサイクルを回しながら、質の高い“探究型保育”が実践できていると自負しています」と、菊地氏。
保育園では珍しくインスタグラムやTikTokを活用し、各園のユニークな取り組みを積極的に発信しているのも、エデュリーの特色のひとつだ。インスタのフォロワー数は3.6万人を超え、「好き」をテーマにした投稿が1000万回以上再生されるなど、注目が高まるに従い、「探究型保育」に関する問い合わせや見学の希望も増えた。
それを受け、2024年に、子ども主体保育を叶えるメディアとして「らいくる」の専門サイトを開設。興味のある保育園の見学ツアーを申し込めるほか、「らいくる」のツールを利用できるサブスク型のサービスを展開。要望に応じてテクニカルサポートのスタッフが現場を訪問し、各園の希望を聞いたり、問題点を洗い出したりして、探究型保育の実践を後押しするなど、保育業界では目新しい試みに着手した。
「この事業を本格的にローンチしてまだ1年ですが、すでに数十園に導入いただいています。僕の目標は、探究型保育を日本に普及させること。関心を持ち、取り入れてくださる保育園が増えることは、素直に嬉しいですね。
保育の質の確保・向上のために国が定めるガイドライン(保育所保育指針)があるのですが、2017年に改訂されたものには、就学前に育てたいものとして自立心がうたわれています。10年に一度改正されるので、次は2027年になりますが、この傾向はますます強くなっていくと期待しています」

1994年東京都生まれ。16歳でニュージーランドに留学し、現地で高校を卒業。帰国後の2014年、エデュリーの前身となる「KIDS ONE」を設立し、2016年に江戸川区にて「First step Ⅰ」を開園。2019年、社名をEduleadに、2022年エデュリーに変更。現在は東京・埼玉・神奈川で14園を経営している(グループ全体)。2015年、慶応義塾大学総合政策学部に入学。著書に『2050年の保育 子どもの主体性を育てる実践的アプローチ』がある。
理想の探究型保育が実践できるのは保育園だけではない
聞けば聞くほど、探究型保育は未就学児にとって理想的な環境に思えるが、ネックになるのは、入園を申し込み、認められれば通える「幼稚園」ではなく、さまざまな条件を満たし、“自治体を通して選ばれた”家庭だけが通える「保育園」で行っていることだ。
周知の通り、幼稚園は幼児教育を目的としているため文部科学省の管轄であり、保育園は保護者が働いている間の未就学児の保育を目的とし、長らく厚生労働省の管轄下にあった(こども家庭庁創設により、2023年度以降は同庁に管轄が移行。ほかに、教育と保育の両方の要素をもった「認定こども園」もある)。自分の子供に受けさせたいと思える保育をしていても、認可保育園の場合は、認可をした自治体に入園申し込みを行い、自治体が定める条件をクリアしなければ入ることはできない。
探究型保育に関心のある保護者のことを思えば、制約のある保育園ではなく、幼稚園で展開したほうが良いように思えるが、菊地氏いわく、「現状、学校法人を経営しているわけではないため幼稚園の直接運営はできないのです。しかし幼稚園でも『らいくる』の導入をしている園もあります」。
「自分の子どもに、ぜひ探究型保育を受けさせたい」と強く願う保護者がいても、認可保育園の入園条件を満たせなければ、その門戸は固く閉ざされてしまう。一方で、幼稚園は開所時間が短くて、働く親かすれば簡単に選べない。
こうした園の種別や制度の違いという、いわば“大人の事情”は、本来、日々を生きる子どもたち自身には何の関係もないはずだ。
重要なのは、その子が保育園に通っていようと認定こども園、幼稚園に通っていようと関係なく、一人でも多くの子どもたちが「自分の『好き』」を見つけ、それを深く掘り下げ、豊かな自己肯定感を育んでいけるような環境に、きちんと出会えるかどうかだ。
菊地氏が「らいくる」というツールを開かれた仕組みとして提供し始めたこの挑戦は、そうした制度上の垣根を軽やかに飛び越え、全国の子どもたちに主体性を育む環境を届けるための、力強い第一歩に違いない
もっとも、「らいくる」のサブスク化や、誰でも保育園が見学できる仕組みを構築するなど、保育業界に新風を巻き起こしている菊地氏のことだ。「探究型保育」を日本中に広めるためのアイデアは、すでに温めているかもしれない。
少子化や保護者の就業率の高まりを受け、夕方までの延長保育を行ったり、体験重視のユニークな教育を導入したりと、幼稚園も多様化している。菊地氏が懸念する経営面の課題をクリアし、探究型保育に近い幼児教育を導入する幼稚園が増え、多くの子どもが自己肯定感を育み、自身の能力を最大限伸ばせる環境が整うことを期待したい。

