自身のポリシーを貫き、圧倒的な仕事をする。そんなスペシャリストたちが「今の自分を表現するジャケット」をセレクト。その着こなしに、スタイルに、それぞれの生き様が見える。今回紹介するのは、スタイリストの大久保篤志氏。【特集 大人のジャケットスタイル】

自分はこうだって縛られず、ワクワクしたらそれでいい
「70歳になったので今年1年は、古希の祝い色、紫を着ようと思っているんですよ」
紫のウールジャケットを羽織り、スタイリストの大久保篤志氏は軽やかに笑った。男性スタイリストの草分け的存在であり、40年以上にわたって第一線で活躍を続ける。そんな大久保氏が「自分らしいジャケットスタイル」というテーマでスタイリングしたのが、このコモリのジャケット、そこに合わせるのはMidorikawaのパンツだ。
「何を合わせようかと考えて、最初にコム・デ・ギャルソンのパッチワークのパンツが思い浮かびました。でも古いものだし、シルエットも当時のもの。そういえば、シンガーソングライターの藤井風君がいい柄のパンツをライヴではいてたな、と思いだして同じもの探しました(笑)」
取材時「元ネタ」であるコム・デ・ギャルソンのパンツも大久保氏は見せてくれた。年代の古いアイテムも資料として保存、こうしてスタイリングのイマジネーションになる。
「30代か40代の時だったかな、エミリオ・プッチのプッチ柄のジャケットが気に入っててね。着ないでずっと飾っていたんです。何かの間違いで手放してしまって今はないのですが。そうやって僕はずっと、着ないものも眺めて『これはいったいどう着たらいいんだろう』って考えることが好きなんですよね」
大久保氏の事務所には、たくさんのレコードが置かれていて、音楽もまたそのスタイルの根底を支えている。
「例えば、デヴィット・リンドレーとか、変な格好しているわけですよ。で、カッコいい。レコードジャケットを見て、こういう格好もいいな、なんて考えてワクワクしているんです」

街も音楽も変わっていくからスタイルも変化する
大久保氏は2006年に自身のブランド、ザ・スタイリスト ジャパンを発足。「普段ジャケットを着慣れない人でも、楽しく着れるものを」とワークブランドのディッキーズの素材でジャケットを仕立てた。
「僕の周りには普段スーツを着ない人たちも多い。彼らが冠婚葬祭なんかでジャケットを着なくてはいけないとなった時、『どうしよう』って聞いてくるんです。だったらそういう人が普段も着られるようなものを作っちゃえばいいって」
当時こういったワーク素材でジャケットがつくられることはあまりなく、Tシャツの上に羽織っても使えるこの1着はまさに画期的。その後ディッキーズ含め各ワークブランドがジャケットを制作、まさに大久保氏のあとを追いかけることとなった。
音楽を聴き、大好きな1着を眺めてワクワクする。そうして自身のスタイルをつくってきた大久保氏。スタイリストとして40年以上のキャリアを重ねた今も、服の話をしている時が一番楽しいのだという。その大久保氏に、ジャケット選びにおいて大切にしていることを改めて聞いてみると。
「やっぱりサイズ感なんですけど、でもどんなサイズ感が好きかって、毎年変わります。今はゆったりしたサイズの気分だけど、来年は変わるかもしれない。だから自分はこうだって縛られず、ワクワクしたらそれでいい。だって街も音楽も人も日々変わっていくんですから」
若い頃は自分に似合うものがわからず、「失敗」したことも随分あったと大久保氏は笑う。ではいったいいつ頃から自身のスタイルといえるものが確立したのだろうか。
「最近……でしょうかね。とにかくいろんなものを着てきてやっとです」
失敗を繰り返しながら、変化してゆく、そんな自分を楽しむことこそが、自らの「スタイル」になるのだと大久保氏は教えてくれた。

大久保篤志/Atsushi Okubo
1955年北海道生まれ。雑誌『ポパイ』編集部を経て1981年にスタイリストとして独立。雑誌、広告やショースタイリングなどを行う。多くの著名人からもそのスタイリングが支持されている。
この記事はGOETHE 2025年11月号「特集:スタイルのあるジャケット」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら