2022年12月の区長選で品川区長に就任した森澤恭子さん。区内公立中学校の制服を所得制限なく無償化、返済義務のない大学進学のための奨学金創設など多くの政策を打ち出している。1回目では政策のスピード感とリーダーシップについて紹介。ここでは、なぜ政治家になったのか、その背景を伺った。全3回のうちの第2回。【その他の記事はこちら】

対立を生まない。第3の選択肢を考える
必要ない予算を削り、実行タイミングを見極め、異例の速さで政策を実行してきた品川区長の森澤恭子さん。しかし、それには職員の協力が不可欠だ。リーダーとして、どのようなことを意識しているのだろうか。
「まずは、私自身が心の余裕をもつこと。また、無理をしないことも意識しています。区長は行事や式典など多くの席の招待が来ますが、これらへの出席も含め、できる限りスケジュールに余裕を持たせるようにしています。
これは、リーダーとしての持続可能性や、健康の維持を考えてのこと。トップの仕事は決断することであり、これには体力が必要です。余裕があるからこそ、冷静に素早く判断ができる。決定が早ければ、現場で働く人の時間が増える。これが仕事や政策のスピード感につながっていくと思っています」(以下「」内・森澤さん)
また森澤さんは、職員との会話の機会を増やすことにも積極的だ。区長室のドアを閉めない、誰でも参加できるランチミーティングの開催など、環境から“話しやすさ”を作っているという。
「心をフラットに保ち、話しかけやすい雰囲気を作ることもトップの仕事です。自分の考えとは違う意見が出たり批判をされても、ありのままを受け止める。それは、私から対立を作り出さないためです。そして相手の立場に立って、想像をしてみる。なぜそういう意見になるのか、想像してみるのです」
これは、多数派に決定権がある従来の政治の考え方とは異なる。
「白か黒か、〇か×かではなく、第3の選択肢を作るようにしています。折衷案、妥協案を考えて、私が目指す寛容で優しい社会に繋げていく。これは、個人や組織のエンパワーメント(自信を持って、能力を十分に引き出せる状態になること)にもつながっていくと考えています」

1978年神奈川県出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、日本テレビに入社。日本テレビ報道局記者(社会部、外報部、政治部)時代の取材を通じて、社会問題の現場を知る。森ビル株式会社広報室などの勤務を経て結婚、出産。海外在住経験を経て帰国、待機児童問題に直面したことを機に小池百合子都知事の政治塾で学ぶ。2017年東京都議会議員選挙当選(2期)。2022年12月品川区長選で再選挙の末当選し現職。
区民も一緒に“いい社会”にしていく
この基礎を固めた上で、「何のためにこの政策を行うか」というビジョンを示し、チームを導く。これが森澤流のリーダーシップだ。
「職員だけでなく、区民の皆様にも“一緒にいい社会にしよう”とエンパワーメントしています。それは決して“頑張ること”ではないんです。
先日3人の子育てをしているお母さんから、“子育て支援のおかげで頑張れています”と声をかけていただきました。時間、体力、経済面でもとても大変なことが伝わってきました。私はそのお母さんに『頑張りすぎないで。区やまわりを頼って』と伝えました。お母さんは、すでに十分、頑張っている。大切なのは助け合うことなのです。私は、そういう社会になっていくためのリーダーであり続けたいと思っています」
森澤さんは大学卒業後、テレビ局、ベンチャー企業などでキャリアを重ねていた。それが中断したのは、夫の都合によるシンガポールへの帯同だ。0歳と2歳の子どもと共に帰国して、「いざ再就職だ」と就職活動をしたが、その道は難しかった。
「30代半ばで帰国し、再就職活動をしたら、フルタイムと残業前提の仕事しかない。さらに、子どもを預かってくれる保育園も待機児童だらけだったのです。これは政治で取り組む課題だと感じましたが、まだまだ女性や子育て世代の議員は少ない、それなら私がやってみようと、2017年に都議会議員に立候補。親や夫も理解してくれて、環境にも恵まれていたと思います。
政治家になる源流のようなものは、大学時代に培われていました。卒業論文のテーマが『少子化を通して考えるこれからの日本のあり方』だったんです。ジェンダーギャップに対する問題意識とともに“子育ては家庭だけではなく、国や地域、社会全体で支えていくべき”という主張をしており、そこは全くぶれていない。
“三つ子の魂”と言いますが、人間の基本は変わりません。必ずしも政治家になろうと思っていたわけではありませんが、今は、政治家として社会を良くすることが、私の為すべきことであり、使命だと感じています」

朝の演説は、子どもを送り出した後から
政治活動は、子育てと両立しながら行った。新人の立候補者の場合、朝8時から夜20時まで街頭演説を行い、有権者に顔と名前を覚えてもらうことが慣例だ。しかし、森澤さんはそうしなかった。
「最初は後ろ髪を引かれる思いで、小学生の子どもを家に残して朝の街頭演説に出ていました。すると、子どもから“今日は学校に行きたくない”と電話が来るんです。そして一度自宅に帰り、子ども達を送り出して、また演説に戻るということもありました。
そんなことが重なって、私も割り切ったんです。朝の演説は、子どもを学校に送り出し支度を整えた9時頃から、夜は子どもとの時間を過ごすために19時頃までと決めました。他の候補者よりも活動が2時間少なくなりますが、SNSやブログなど、家でできる活動に力を入れていました。政策や考え方など、活動量以外の部分で評価していただきたいと思ったのです。これは健康を維持し、政治家としてサステナブルに活動できることにもつながります。
何より、 “長時間の街頭演説をする”という慣例に私が従えば、子育てしている人が政治に参画しにくい1つの要因を作ってしまうことになる」
長時間の政治活動を行う慣習は、どこかで男性優位社会の継続にもつながっている。それは、育児や介護を担う部分が、まだまだ女性の方が圧倒的に多いからだ。そのなかにあっても、森澤さんは都議、そして区長に当選した。政治活動のあり方を根底から変える一助になったことは明白だろう。
東京都議員を経て区長になった森澤さんは、2024年に画期的な条例を制定した。3回目(5/23公開)ではその背景と、女性政治家が増えることの意味について伺う。