まだまだ謎に包まれた男、福田淳(あつし)。なぜだかいつも周りの人間から頼られ、案件を持ち込まれ、奔走する。そして常に国内外を飛び回り、一日一日を本気で楽しむ。タブーをタブー視せず、変化を模索する福田淳という男の連載、第2回目はアートプロデュースを手がけ実感するアート との距離感について。

日本はもっとアート大国になれる
アートを愛することは、寛容であることだ。最近私はつくづくそう思うのです。ガーナのスラム街に積みあがる先進国からの廃棄物を使いアートを制作している長坂真護さんというアーティストが、今、世界で注目されています。「材料がゴミなんだから、作品に価値はない!」なんてことは、アート好きは決して言いません。原料がゴミであろうとも作家が息を吹きこめば、アートになることをみんな知っていますから。
さっきまでゴミだったものに、突如とんでもない価値が生まれる。モノの価値に対して寛容でないと、そんなことは到底受け入れられないでしょう。それにそもそもアートって、見る人によっては美しいものにも、ゴミにも見えるわけです。他人の価値観を受け入れなくては、アートを心から愉しむことなんてできないはずですから(自分勝手でよしっ!)。
なんて、ちょっと御託を並べてしまいました。私はロサンゼルスでアートギャラリーを運営し、日本でも展覧会やアーティストプロデュースの仕事もしています。ですから日々、頭のどこかでアートとはなんだろうと、考え続けてしまうのです。
たったひとりが認めればビジネスが成立する不思議
私が最初にアートの仕事に触れたのは2008年、当時社長を務めていたソニー・デジタルエンタテインメントという会社で、アート企画展を開催した時のことでした。以降ギャラリーなどを巡るようになり、「たったひとりでも価値を見いだしてくれる人がいたら、それでビジネスが完結する」ということにとても興奮しました。だって私はそれまで「いかにマスに向けてモノを売るか」を追いかけてきた人生ですから。「マス慣れ」していた私にとってアートの仕事は新鮮で、アートプロデュースを始めたというわけです。
ロサンゼルスの私のギャラリーには、日本では会えないセレブが気軽にやってきます。映画『タイタニック』の恋敵役ビリー・ゼインの個展を開いた時、俳優のオーウェン・ウィルソンがお子さんを連れてきて、アート談義に花を咲かせました(たいていのお客様は家族や犬を連れて気軽に来るんです!)。抽象的なアートを見ながら「ほら、これ何に見える?」とか言って想像ゲームに興じていました。
ロスのお客様は、アート作品の前で笑ったり泣いたり、感情をむき出しにするんです。「アートでそんな笑えるなんて!」と驚くほど、皆さん想像力豊か。どう解釈したっていいし、どう楽しんだっていい。こんなに自由なエンタメってなかなかないですよね(難しく考えない! 好きな色や形を見つけたらそれでハッピー!)。
アートはお金持ちだけのものじゃないのも素敵なところです。『ハーブ&ドロシー』という映画にもなりましたが、郵便局員と図書館司書の夫婦が慎ましやかな暮らしのなかで、約30年かけて2000点以上のアートを購入していた例もあります。大富豪から、アートが好きでたまらない市井(しせい)の人まで、さまざまな人に出会えるし、作品はその中でたったひとりの熱狂的なファンのお家に嫁ぐことになるのです(そのお家に来る友達がまたファンになると考えるだけで素敵!)。
意外に思われるかもしれませんが、サザビーズで出品されるようなアートは別にして、近所にあるギャラリーではアートは地産地消なんです。これはアートギャラリーを運営していて私が実感していること。地域でつくられる野菜や特産品じゃないのだから、そんなはずないと思われるでしょうが、ロスのギャラリーでは、地元の作家の作品から売れていく。地元で暮らす人たちの空気を纏ったアートが愛されるのです。もちろん、異文化を取り入れる愉しみもありますが(不思議な法則発見です)。
一方、お客さんがアートを買う目的のひとつに、投資という側面もあります。コロナ禍の北米では不動産よりもアートの利回りのほうがよく、コロナ後に作品を売って、数十億の利益を出した人たちもいます。毎日汗水垂らして働いている人が多くいるなかで、同じ世界にアートを買って売って、巨額の利益を得る人もいる。アートっていったいなんなのだろうと。実業だけが仕事じゃない、目利きとセンスで世界が変えられるって、すごいと思いません?
「キャラクター」はもっとアートになっていい
私が、ここ数年でいいなぁと思ったのは、スイス人アーティストUgo Rondinoneさんの米・ネバダ州にある「セブンマジックマウンテン」という作品。砂漠の真ん中に、巨大でカラフルな岩が積み重ねられたパブリックアートです。誰も来ない砂漠にアートを置くなんてなんの意味があるの? と思いますよね。でもだからこそ、その光景を面白がって多くの観光客が訪れるようになりました。ネバダ州政府が観光誘致のためにこの作品を置いたといいます。
僕も砂漠の中をクルマ走らせて見に行きましたよ。荒涼とした砂漠の中にポツネンとカラフルで巨大な岩が積み上げられている。すべての日常や常識からポーンと弾きだされ、自分の頭が再起動させられる感じです。アートを見るのは、自分のセンスを信じるポジティブな行為なんです(いつもベストバージョンな自分でいよっ)。
私は世界でヒットするアートの可能性が日本には満ちていると思うのです。まさに無限大(∞)。まず、年間6000万人もの人たちが日本を訪れようとしている、日本の人口の半分です。ツーリストは、今や高円寺の商店街や秋田の滝の温泉秘境にまで足を伸ばしています。日本中の自治体がつくるゆるキャラや多品目のコンビニ、自販機の商品群など、どんどん“ニッポン”が発見されSNSを通じて世界中に広まっています。
例えば、2025年、チームラボがサウジアラビアで大規模ミュージアム「teamLab Borderless Jeddah」を建設します。また、スティーブ・ジョブスがつくったiPhoneのアイコンデザインは、日本の工芸作家の釋永(しゃくなが)由紀夫さんの焼き物が元になったそうです。日本はアート市場が小さいとよく言われますが、キャラクターグッズや地方の工芸品なんかを全部合わせると、欧米に劣らず大きなアートマーケットがあることがわかります。
グラミー賞を主催する米レコーディングアカデミーが発表した、2025年の5大音楽トレンドのひとつに「J-POPの台頭」という記事がありました。いまや日本のアイドルも世界が注目しているのです。私たちニッポン文化が世界にもっと愛されるようになれば、日本はもっと注目されるようになるのではないかと、ワクワクしています。
Editor’s Note|何歳からでも、なんだって始めていい!
先日、東京でも福田さんのギャラリー「Speedy Gallery」で、京都が生んだロックな壁画絵師キーヤンこと、木村英輝氏の展覧会が行われ、編集部で遊びに行きました。壁画絵師のため、当初は「キャンバスには描かない!」という木村氏を、持ち前の粘り強さで説得。一挙に作品を見られるきっかけに。
60歳から画家になったという現在83歳の木村氏の作品は、大胆な色使いでエネルギッシュ! 巨大なキャンバス作品も多く、その展示風景は圧巻で、思わず作品の前に佇んでしまうほどでした。「何歳からでも、なんだって始めていいんです! 勇気が出るでしょう」と笑う福田さん。
ATSUSHI FUKUDA
1965年大阪府生まれ。ソニー・ピクチャーズを経て、ソニー・デジタル・エンタテインメント創業。同社退職後、自身の会社スピーディ設立。LAでアートギャラリー、リゾート開発、沖縄で無農薬ファームなどの事業を行う。『好きな人が好きなことは好きになる』など著書多数。