30歳を前後にキャリアチェンジをするアナウンサーたちの新たな活躍の場となるべく、トークナビを起業。女子アナ経験者が、企業の広報を請け負う「女子アナ広報室」を手がける樋田かおりさんに、女子アナという仕事のリアルやキャリア形成の難しさについて尋ねた。

「30歳3局」が当たり前。女子アナのキャリアにおける空白の時間
「女子アナと呼ばれている人の多くは、だいたい30歳までにキャリアチェンジをすることになります」
とは、アナウンサー経験者が企業の広報を代行する「女子アナ広報室」などのサービスを展開するトークナビ代表アナウンサーの樋田かおりさん。
一般企業においても転職が当たり前になった今の世の中、30歳は確かにひとつのタイミングではあるだろう。しかしそれとアナウンサーはまた少し違うようだ。
「まず就職の段階で、一般企業の採用とテレビ局のアナウンサー採用には大きな違いがあります。一般企業では学生時代にどんな経験をしたのか、将来なにをしたいかを就職活動でプレゼン、そのビジョンに共感した企業が学生を採用します。そして入社後にそれぞれの仕事について学び、3年後くらいに大きなプロジェクトを任され始める、ということが多いと思います。
けれど地方のテレビ局のアナウンサーは、入社後即、局の看板となる大きな番組を担当することを期待されるんです。問われるのはビジョンではなく、即戦力になれるかどうか。就職前にすでにフリーとしてアナウンサー業務を経験済みの学生もいます。ですからアナウンサーを目指す大学生は、大学に通いつつアナウンススクールに通い、技術を身につけておかなければなりません。
このアナウンススクールには多くの学生がひしめいているけれど、大手テレビ局の採用枠はごくわずか。だからこそ、学生たちは地方局を受験して周り、日本全国でその椅子を取り合うのです」
樋田さんによると、地方局のアナウンサー職採用の場合、契約期間はだいたい3〜5年ほど。契約が終わればまた違う地方局の経験者採用試験を受け、30歳までには3つほどの地方局を経験する人が多く、これを「地方局アナ、30歳3局行脚」と当人たちは認識しているのだという。
「そもそもテレビ局ではアナウンサー経験者の公募は稀。なのに毎年契約を終えるアナウンサーは増え続けますから、転職活動は年々熾烈になります。そうして30歳頃には、フリーとして独立するか、違う職種を選ぶか、という選択を迫られるのです」
就職して3〜5年。一般の企業・職種であれば、これから仕事が面白くなってくる時期だろう。しかしアナウンサーの場合、仕事のピークは入社後すぐ。さらにその3〜5年後には契約が終わってしまう。そのキャリア形成は、まるでアスリートのようですらある。
「だいたい数年で番組と局を離れることになると最初からわかっていますから、目の前の仕事に一生懸命取り組みつつ、自分の特性や働き方を考えていく必要があるんです。私の場合は青森の放送局の次に名古屋へ、その次に東京と30歳までにもれなく3都市を移動したわけですが、もちろん次の局に行くまでの転職活動期間、つまり空白の時間は私を含め多くのアナウンサーが経験していて、そこで改めて自分のキャリアについて悩む人が多いのも事実です」
その空白の期間、樋田さんは「まだ気持ちはアナウンサーなのに、アナウンサーとして活躍できる場所がない。どうしたら再びアナウンサーになれるのか」と思い悩んだという。仕事を始めて3年、その間に大きな仕事を経験しているのならなおさら、まだまだキャリアを積みたいと思うのは当然だろう。
そもそもなぜ地方局の女子アナは3〜5年ほどの契約なのか。それはテレビ局の特殊な働き方にあるという。
「テレビ局の多くは24時間番組があります。朝の番組の場合は午前2時に起きて4時半に出社。私の場合、昼は7時間ぶっ続けの生放送のラジオで、時報毎にニュースを伝えていたこともありました。夜に番組を持つ場合は午後からの出社になりますが、それでも真夜中まで放送があります。さらに『毎日同じキャスター、アナウンサーが出演している』ということが番組の特性ですから、1日でも休むとかなり目立ってしまいます。妊娠、出産などの女性特有のライフステージの変化に対応するのが難しい働き方になってしまうため、どうしても短い期間で区切られることになるのでしょう」

1985年岐阜県生まれ。大学在学中からフリーアナウンサーとして活動したのち、青森放送に入社。名古屋での局アナ生活を経てフリーランスに転身し『TBSニュースバード』のキャスターなどを務めた。2015年にトークナビ設立。2019年より「女子アナ広報室」のビジネスをスタート。設立5年で2000件以上の広報実績を持つ。著書に『社長の伝え方には会社を変える力がある』(青春出版社)などがある。
アナウンサーでいることを諦めない
ライフステージの変化があってもフリーアナウンサーとして働き続ける。そしてただイベントやメディアへの出演依頼を待つだけではなく、アナウンサーとして培った取材力、言葉選びの力を糧に企業の広報代行という新しい業務を行う。樋田さんがトークナビで掲げるミッションは、アナウンサーのままでキャリアをさらに広げていく、というものだった。
「アナウンサーって、引き出す力と伝える力、両方持っていると思うんです。例えばスポーツ選手の方に密着取材する場合、相手の本質を見抜けるような質問ができなければ本音は引き出せません。これはどの職業にもすごく生きるスキルだと思うんですよ」
優秀なセールスマンは、声のトーンを相手によって使い分けているとも言われる。その点、アナウンサー経験者はその声を自由自在に操ることができる。さらに企業の強みを取材で引き出しながら、それをどう言語化していくのか。あるいは営業としてクライアントの潜在ニーズをどう引き出すか。アナウンサーたちが培ってきたスキルは樋田さんの言うとおり、あらゆるビジネスで必須になるものだ。
「そういう能力を身につけてきた人たちのキャリアをしっかり構築できる、そのお手伝いをしたいと思っています。女子アナってキラキラしたイメージがあって、本人たちもそれに縛られて『アナウンサーなのにどうして違う仕事をしないといけないのか』と意固地になってしまい、うまくキャリアチェンジができない人もいます。でもそれを突破して、魅力を引き出す言葉のプロフェッショナルとして一緒に新しいキャリアをつくっていけたらいい」
さらに、女子アナを続けられない大きな原因のひとつ、女性特有のライフステージの変化にも、トークナビでは寄り添いたいと樋田さんは考えている。
「ひとつの企業の広報に携わる場合は数年単位の業務になりますが、人によっては、仕事はご自宅から。さらにお子さんが小さく、クライアントの都合に合わせて動けない場合は、自宅でのプレスリリースの作成業務を任せるなどして分担できるようにしています。もちろんアナウンサーとして会社に登録してもらいますから、イベントに出演するということも時にはしていただきます。せっかく夢だった仕事につけたのだから、子育てや年齢を理由にアナウンサーを諦めることがないように。年齢を重ねても楽しく新しいキャリアをつくっていける、そういう姿をメンバーには世の中にどんどん見せて欲しいのです」
高い倍率を潜り抜けて女子アナとなった女性たちには、輝かしいイメージがあるが、その実キャリアを構築するために、働き続けるために、高いハードルがあった。好きな仕事を諦めないために自分でなにをすべきか? 樋田さんのその姿は女子アナという枠をこえて、すべての職種人たちに問いかけている。