“おもてなし”というキーワードで必ず名前があがる、GMOインターネットグループ代表の熊谷正寿氏。一方で熊谷氏も認める“おもてなし”にこだわる男、森田恭通氏。ふたりのアイデアの相乗効果(!?)で、経営者の間で話題となる屋形船が誕生した。デザイナー森田恭通の連載「経営とは美の集積である。」Vol.46。
人生初の屋形船デザイン
かつては社内コミュニケーションの場でもあった“飲み会”が少なくなりつつある昨今。「AIによるデジタルトランスフォーメーション化が進み、対面コミュニケーションが少なくなりつつあるなかで、人と人との密な関係性はこれまで以上に重要」と考えるのが“おもてなしの達人”であるGMOインターネットグループ代表の熊谷正寿さんです。仕事と同じぐらい、いや、それ以上の比率で人を喜ばすことを考え、もてなすためには、時間も手間も惜しまない方です。
その熊谷さんからの依頼で、人生初、屋形船をデザインさせていただきました。すでにPershing62とRiva100’という2隻の大型クルーザーを所有されている熊谷さんが、なぜ屋形船? それは常に他とは違うものを模索するなかで考え出した、究極のおもてなしの場が屋形船だったからです。
「東京には川から見える桜や花火など美しい情景がある。その情緒豊かな雰囲気のなかでお客様をおもてなししたい。クルーザーでは難しいといわれる隅田川を遡って行ける屋形船をオリジナルで作りたい」と、ご依頼を受けました。
船内は大きなカウンターに12脚の椅子を並べた、シンプルでラグジュアリーなデザイン。和洋中、どんな料理にも対応でき、食事のあとはカラオケにもクラブにも様変わりし、停泊中は上のデッキもクラブに変身します。
デザインで最も苦労したところは、夜、いかに食事をしながら夜景を美しく眺められるか、です。海や川は、夜間は真っ暗になるので、船内が明るいと窓に室内が映りこみ、見えるのは食べている自分の姿ばかりとなりがちです。そこで船の外側に行灯(あんどん)を下げ、船内の壁は落ち着いたダークトーンに、窓には映りこみが少なく、安全性にも富んだアクリルを採用しました。そうすることによって外の夜景が、眼前に広がります。これらには僕が利用させていただいた、瀬戸内の海に浮かぶ客船「ガンツウ」での経験も活きています。
今回屋形船をデザインさせていただいて初めて知ったのですが、船はエンジンのメンテナンスがあるので、月に一度船内の半分くらい床を剥がして点検する必要があります。他には行灯の素材には錆びないようステンレスに塗装をつけたりと、初めて知ることや作業も多々ありました。
もしかしたら、おもてなしのために、ここまでの船を作る必要がある? 屋形船はたくさんあるのだから、借りればいいのでは? と思う方もいるかもしれません。でも熊谷さんにとって、ビジネスにおける接待というおもてなしは「武器」。おもてなしの場は「戦場」という考えなのでしょう。だからこそ、他にないもの、他では経験できないものを備え、臨むのではないでしょうか。その戦場では、決して相手を倒すのではなく「おもてなしを通じて相手との信頼関係を築き上げ、ビジネスを生みだしていきたい」。つまり「勝ち取る」のです。
ありがたいことに、熊谷さんから僕は「経営者の気持ちを理解し、経営者目線でデザインするデザイナー」という言葉をいただきました。常に人を喜ばせたいと考える熊谷さんを通じて、世界一のおもてなし術を目の当たりにできることは、デザイナーとして本当に幸せだなぁ、と心からそう思えるのです。
森田恭通/Yasumichi Morita
1967年生まれ。デザイナー、グラマラス代表。国内外で活躍する傍ら、2015年よりパリでの写真展を継続して開催するなど、アーティストとしても活動。オンラインサロン「森田商考会議所」を主宰。