スマートフォンを失くしただけで起きるかもしれない恐怖を描いた、某ミステリー映画さながらのタイトルですが、決して怖い話ではありません! 第6回はスマホをテーマにお届けする。連載「大川放送局」とは……
第6回「スマホ」
先日、福岡で夏フェスの出演があったので、前日に現地に入りラジオ局などを周りながらキャンペーン活動を行うという仕事があった。昼過ぎには現地に着いていなければいけないので、朝一で羽田空港から飛行機に乗って向かうという段取りだった。空港に到着したところで、自分がスマホを自宅に置き忘れたことに気がついた。無論、慌てて取りに帰ることを考えたが、その時間から自宅と空港を往復する時間はなく、仕方なくスマホを持たないまま福岡行きの飛行機に乗り込んだ。
まあ、たまには情報社会から離れるのも悪くはない。連絡もスタッフがいるわけだし問題はない、そう脳内処理をし、国内線の硬い座席に精一杯、身を沈め静かに目を閉じた。
同行したのはメンバーの一人とマネージャーの一人。現地に着いたら、現地のスタッフたちが空港まで出迎えてくれ、そのままタクシーに乗った。1日のスケジュールはざっとラジオ番組の生出演の数本と収録数本、局への挨拶回りといった感じだった。夜までぎっしりだったが、まあ地方キャンペーンというものは大体こんなものなので、あ、はい、がんばります。といった感じで、一本目の現場へと向かった。
局に着くと、そのまま控室に通される。大体どこも似たり寄ったりで、応接間のような場所か、空いている会議室のような場所で出演までの間、待機するといった感じだ。「本番10分前に打ち合わせにスタッフが参ります」的なことを告げられ、あとは各々それまでの時間を過ごす。とはいっても、大体平均でラジオの場合は本番30分ぐらい前に入れば問題ないのでそんなに待たされるという感覚はない。いつも通りのちょっとした待ち時間という感じだ。ひと通り現地スタッフとのやりとりが終わると、皆それぞれのスマホを鞄やらポケットから取り出し、慣れた手つきで指を滑らせ、画面を睨む。この日は特に皆忙しそうだった。
僕もいつも通り、とりあえずスマホに手を伸ばそうと、ポケットの中を探した。しばらくして自分がスマホを持ってくるのを忘れてきたことを思い出した。ああ、そうだ。今日は情報社会と距離を置くと決めたのだと我に帰り、迷わずスマホに手を伸ばそうとした自分を恥じた。ここのところ、東京で目まぐるしい日々を過ごしていたので、脳を休ませるちょうどよい機会だ。しばらく目をつむり、暗闇の中に伸び縮みする光の残像を眺めた。
禁断症状はすぐに出た。退屈警報が頭の中で鳴り響き始める。“暇を持て余すな。暇を潰せ”脳内勧告の波がいくつも押し寄せてきた。とにかく何か暇を潰すものはないかと、部屋を見回してみた。しかし見事に何もなかった。本当に何もなかったのだ。相変わらず、他の皆はスマホを眺めていた。あるのは壁掛けの時計だった。仕方なく、僕はぼんやりとその秒針が回るのを眺めることにした。しばらく眺めていると、回っているのは秒針じゃなくてこちら側の方なんじゃないかという気がしてきた。あるいは本当にそうだったかもしれない。
一本目の出演が終わり次の現場までのタクシーの中、同行したメンバーはラジオ出演のことや次の出演の情報なんかをSNSにアップしていた。ああそうだ、僕もやらなければ。と、ポケットに手をやるが、スマホがない。ないなら仕方ない、と諦めて外の景色を眺めた。窓に頭をつけガラス越しに見た街並みは、よくできた映画のセットのように見えた。
次の待合室は、いくらかマシだった。ポスターが並んで貼ってあったのだ。内容はランダムだった。新番組が紹介されたもの、夏祭りのもの、お花のフェアのようなもの。僕は出番が来るまで、そのB1だかA1だかのサイズの紙に閉じ込められた世界を眺めた。こんなにちゃんと壁に貼られたポスターを読み込んだのは生まれて初めてかもしれない。
その後の待合室たちにも少なからず個性があった。トロフィーや何かの賞の盾が並べられていていたり、新作の漫画本が並べられていたり、誰が興味を持つのだろうと思うような趣味の本ばかりが集められた本棚がある場所などがあった(僕はそこで福岡めんたいロックの歴史について書かれたマニア向けの本を楽しんだ)
特に眺めるものがない時は、天井のシミを眺めた。
窓があって空が見える時は、雲の形を眺めた。
ラーメン屋でラーメンが来るまでは、
壁に掛かる色褪せた芸能人のサインを眺めた。
それらはじっと見ていると、驚くほど色んな形にみえた。
一日の後半になるにつれ徐々にそんな生活にも慣れていった。
むしろ、誰からの連絡も返さなくてよかったり、しなければならない何かから解放され、気楽だった。
ただ、夕食の「モツのすき焼き」の時はスマホが欲しかった。写真に収めたかったのだ。
代わりにマジマジと見ることにした(後で写真は送ってもらった)
深夜にホテルに着いてからも、テレビをつける気にもならなかったので、シャワーを浴びてベッドに潜り込み、備え付けの時計で目覚ましをかけ、ライトを消し、目をつむった。
暗闇の向こうに、もう一人の自分がいる気がした。僕のことを客観的にずっと観察しているもう一人の僕だ。姿は見えない。僕は暗闇の向こう側にいるもう一人の僕に話しかけた。ポーンと言葉のボールを投げると、向こうもポーンと投げ返してくる感じのやりとりだ。徐々に投げ返されるまでの時間が長くなり、次第にこちらの投げる速度も遅くなる。やがて投げたか、投げてないかすら定かではなくなる。
東京に残ったマネージャーが身内とやりとりをしてくれたお陰で、
僕のスマホは次の日の朝に福岡入りをし、僕と再会を果たすことになる。
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今では以前より慎重に家を出る前にスマホを持ったか確認している。
特に遠出の時はなおさらだ。
スマホは文明の力である。力は力として使わなくては競争社会で生き残っていくことは難しい。情報が命のビジネスパーソンとなればもってのほかだ。そしてその手のひらサイズのガラス板は日々進化をとげ我々人類の生活を豊かにしてくれるというのは言うまでもない。
だからスマホばかり見ていないで、もっと世界をみろなんて説教臭いことを言うつもりはこれっぽっちもない。スマホがあるから見られる世界もあるし、世界と繋がれることもある。
ただ僕がスマホを忘れたあの一日は、
何とも形容し難く不思議で奇妙な一日だった。
自分を取り巻く世界を眺めて自分自身を眺めた気がしたのだ。
これからはもっと僕は僕と話をしよう。
そう思った。
■大川放送局
80'sサウンドをルーツに持ちながら、邦楽と洋楽の垣根を超えていく4人組ロックバンドI Don't Like Mondays.のボーカルYUの連載「大川放送局」。ステージ上では大人の色気を漂わせ、音楽で人の心を掴んでいく姿を見せる一方で、ひとたびステージを降りた彼の頭の中はまるで壮大な宇宙のようだ。そんな彼の脳内を巡るあれこれを、ラジオのようにゆるりとお届け。