バンド活動16年目を迎えたサカナクションのフロントマン、山口一郎。ミュージシャンとしての活動はもとより、ジャンルを越えた、さまざまなクリエイターと交流を重ね、音楽と多種多様なカルチャーを融合させたコンテンツを企画・運営。よりよいライフスタイルを提案しながら、「ミュージシャンに何ができるのか?」を模索し続ける山口の、クリエイションの極意とは? 今回の後編では、“日本”を意識した、ここ数年の心境の変化と、ものづくりの発想、自身が思うミュージシャンの役割について聞いた。【前編はコチラ】
山口一郎のクリエイションの原点
前編で、サカナクション・山口一郎にJTの加熱式たばこ用デバイス「プルーム・エックス(Ploom X)」とのコラボレーションについて話を聞くなかで、頻繁に飛び出した「日本人の美意識」「日本の職人の技術」というワード。今、改めて“日本”、そして“日本人”ということを意識しているのだろうか?
「デザインに興味を持つきっかけが、インテリアからだったんですけど、まず、今も大好きなピエール・ジャンヌレの家具から入って、(シャルロット・)ペリアン、(ル・)コルビュジエなど、ミッドセンチュリーの家具をコレクションするようになって。そこから時代とともにデザインが変化していくんだなということを知り、興味が湧いてきて。
日本は、そもそも床で生活してきて、椅子に座るようになって、インテリアデザインも建築も変わっていった…ということを学ぶうちに、だんだん日本の美であるとか、日本の技術を意識するようになっていきました」
ふと見れば、山口の仕事用のデスクは天童木工、ダイニングデスクがジャンヌレ、椅子がジョージ・ナカシマ。我々が取材時に案内されたソファとリビングテーブルは、天童木工の「haco(ハコ)」シリーズだった。
「そういう意味では、音楽も似ているなと思うんですよ。
70年代に、バンド『はっぴいえんど』が日本語でロックを生み出すわけですけど、そもそもは雅楽から始まって、さまざまな変貌を遂げるなかで、日本独自のポップスが生まれて、ロックが生まれて。
俯瞰で見てみると、デザインでいうジャパニーズ・モダンと呼んでも過言ではないのかなと。
で、今、僕自身も変化していくなかで、日本の家具、デザインに興味を持ち始めた。
当然、日本の気候や風土、また日本人の体形にも合っているから使い勝手もいいんですよ。
このソファは剣持勇のデザインですが、座面が低くて、床での生活が染みついている日本人には、ちょうどいいんですよね」
「俯瞰で見る」。それは音楽、デザインにおける、山口のクリエイションの原点なのかもしれない。だからこそ、アイディアとともに課題も浮かび、解決するためには何をすればいいのか、思案することができるのだ。
「今、そのジャパニーズ・モダンと呼ばれる家具が海外に流出しているんです。僕が好きな桂離宮にしても、日本人はまったく評価せず埋もれていたものを海外が発掘して、そこから後追いで、美しいと言い始めた。日本人として、失われるのは、もったいないなと思ったんですよ。
その価値を知らずに廃れていくことも怖い。前川國男デザインの建築物など、老朽化や再開発を理由に次々と立て壊されているのも、すごく残念です。
じゃあ、そうした家具なんかをコレクションしたり、建築のよさを発信すること以外に、“僕に何ができるのか?”と考えて。プルーム・エックスとのコラボレーションで、“べっ甲”と“桂剥き”という日本の伝統工芸技術を取り入れたのは、そうした理由もありました」
コンセプトがしっかりしているものに共感する
山口自らが「ユニフォーム」と呼ぶ、「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」、トレードマークである「マサヒロマルヤマ(MASAHIROMARUYAMA)」のメガネ、普段着として重宝している「ループウィラー(LOOPWHEELER)」など、山口の愛用品は、日本ブランドのものが多い。
「コム デ ギャルソンもそうですけど、僕が反応するのは“違和感”なんですね。悪い意味での違和感だと批判の対象にもなりますが、よい違和感というのは、いわゆるセンスだと思うんです。
マサヒロマルヤマのメガネも、“べっ甲”と“桂剥き”を用いた理由の一つでもある、左右非対称という美学があります。あとは、職人の技術力。ループウィラーも日本の技術が、いかんなく発揮されている。
そうすると、自ずと、日本ブランドのものを選ぶことが多くなるんですよね」
もう一つ、山口が重要視するのが“コンセプト”だ。
「音楽でもデザインでも、コンセプトがしっかりしているものに共感します。インテリアだと、コンテクストがあるもの。
商業的につくられたのではなく、インドの人々の生活のために設計されたジャンヌレに魅力を感じたのは、そのコンセプトにありました。
音楽も、ルーツを探ったり、そんな風な掘り方をしてきたので、そこは一番、大事にしたいところです」
ミュージシャンに何ができるのか
また、デザインと音楽の親和性、インターネット時代の新しい音楽のあり方にも思いを巡らせる。
「たとえば、90年代くらいまでは、セックス・ピストルズが好きな人がいたら、シド・ヴィシャスやジョン・ライドンのような服装をしていたし、友達の家に遊びに行って棚にあるレコードやCD、本を見れば、何が好きなのかが、なんとなく分かった。
それが、インターネットが普及し始めた2000年代から急に、“時代の色”というものが薄くなってきたと思うんです。
とはいえ、いろんな文化が乱立するなか、その中心にあるのは音楽だと思っていて。ミュージシャンとしては、そうであると思いたい。
そうした新しい時代に、僕らミュージシャンがやれることは、音楽をつくるまでの過程から何からSNSなどを使ってドキュメントで見せて、どんなものが好きで、何に影響を受けて、その人がどんな音楽をつくっているのかを提示していくことだと思っています。
それがジャケットやMVの映像にも反映されて、デザインとして表現されることで一つにつながればいいなと考えています」
あまたのプロジェクトに参加し、「ミュージシャンに何ができるのか?」を模索し続けてきた山口だからこそ、すべては「音楽につながっている」と改めて思う。
「今、音楽が、それ以外の文化と乖離している気がするんですね。先のインターネットしかり、要因はざまざまだと思いますが、その乖離したものをもう一度、結びつけたいと思っています。
音楽から僕が受け取ったものを、お返しする感覚…とでも言いますか。自分の音楽から音楽以外のものを、つなげていきたいんです。
自分が好きな音楽を作ることで、いろんなものを手に入れたり、吸収したり、それをまた音楽に還元したり。そうした恩恵を受けてきたぶん、僕らの音楽に興味を持ってくれている人たちにお返ししたい。
たとえば、僕が好きなインテリアなんかをSNSで見て、ジャンヌレや剣持を好きになる。逆に、そっちからサカナクションに興味を持ってくれてもいいし、そこから他の音楽も聴いてもらえると、なおうれしい。
その想いがあるから、音楽をやり続けていられるんだと思います」