ソロアーティストとして、2枚目のアルバム『After the chaos』をリリースするYaffle。彼は音楽プロデューサーとしても、藤井 風、iri、SIRUP、Salyu、adieuなどの楽曲を手掛けてきた。ソロワークスの一方、プロデュースワークスではヒットチャートをにぎわす作品を生み出しているYaffleは、どのような手法で、どのようなマインドで、音楽を生み出しているのだろう――。その“仕事観”を聞いた。インタビュー後編。#前編
計算しつくされた秩序のある音楽
ソロアーティストとして活躍するYaffleだが、音楽プロデューサーとして、藤井 風、Salyu、iri、adieuなどの楽曲を手がけてきた。ソロワークスではクラシック音楽の文脈も用いて、スケールの大きな、物語性を感じる音楽を展開する。その一方、プロデュースワークスではヒットチャートをにぎわす作品を生み出す。
「僕は音楽を理系の分野だととらえています」
Yaffleは思いもよらぬことを明言した。
「音楽やダンスは、太古の昔、人類が文字を使い始めるよりも前からあったはずです。その歴史のなかで、たくさんのリスナーに好まれ、聴き継がれる音に共通するリズムやメロディの構造やベクトルはある。僕はそう考えています。今ヒットしているジャンルや曲調の現象面を追ってしまうと音楽の本質を見失うかもしれません。でも、多くの人に好かれる音の構造を冷静に分析すれば、好まれる音楽がある程度見えてくるでしょう。文脈が見つかり、体系化できるはずです。それをバッハやベートーヴェンを教材にして教えているのが音楽大学での音楽理論の授業ですよね。今僕たちが楽しんでいる音楽は、いってみれば“音響学”の結晶だと思っています」
Yaffle自身は、あらかじめ設計図が描かれた、あるいはデザインされた音楽に魅力を感じている。
「ジャズを例にあげると、インプロビゼーション(即興演奏)の果し合いみたいなライヴよりも、役割分担がしっかりあるチャールス・ミンガスのような音楽に魅かれます。あるいはジョー・ザヴィヌルのような音楽です。ザヴィヌルが作曲してキャノンボール・アダレイのシングルとしてリリースされた『マーシー・マーシー・マーシー』は何度も何度も聴きました。この曲はシカゴのクラブで演奏されたとクレジットされています。でも実際には、ロサンゼルスのスタジオで観客を仕込んでレコーディングされています。熱狂のライヴのようだけど、実はすべて計算しつくされていた、秩序のある音楽です」
ミンガスはベーシストで作曲家。ザヴィヌルはジャズ・フュージョン史最高峰とされるウェザー・リポートを率いたキーボード奏者で音楽プロデューサー。キャノンボールはアルト・サックス奏者。3人ともジャズのレジェンドだ。
制作過程はちょっといびつな方がいい
Yaffleの話を聴いていると、音楽に偶然のヒットはないことを教えられる。優れたプロフェッショナルがきちんとしたプランのもとに音を構築し、その結果として多くのリスナーに受け入れられるケースもあれば、受け入れられないこともある。
「偶然を認めてしまうと、職業としての音楽家の存在に意味がなくなってしまいますからね」
ただし、音楽を知り尽くしたからといって、必ずしもヒットチューンを生めるわけではない。
「多くの人に聴かれるには、時代性も重要です。リスナーと作曲者が同じ空気を吸い、同じ音楽を聴いていると、より共感を得られます。先達がやってきた音楽に何を乗せるか――。作曲者には問われるでしょう。また、肉声としての歌は、リズムやメロディとは別ジャンルだと僕は思っています。歌モノは、音楽と言葉の共演です」
そう話すYaffleの頭の中では、アーティストとプロデューサーは、どのように共存しているのだろう。
「ソロワークスとプロデュースは相互に影響し合ってはいます。ソロでのひらめきをプロデュースに使うことはあります。ソロには新しいアイディアを反映させることが多いからです。ただし、近いカルチャーからヒントを得るケースは少ないかな。具体的に言うと、音楽からヒントを得て音楽をつくると、似たものになってしまいますよね。だから、小説とか、映画とか、あるいはスポーツとか、音楽から遠く離れたカルチャーからヒントをもらうことが多いかもしれません。遠いところからヒントを得ると、音楽へのある程度強引な変換が必要です。その過程でエラーが起きたり、変換ミスのようなことがあったりする。それがはからずも個性になることもあります。僕は制作過程の作品はちょっといびつな方がいいと感じています。そのほうが結果的におもしろい作品になる。音をきれいに整えるのは仕上げの段階で十分です。最終段階でいかようにもできますから」
自分自身が好きだと思えるものをつくる
制作でYaffleがとくに心がけているのが、自分が作った音を捨てる勇気、まっさらにしてゼロからやり直す勇気を持つことだという。
「自分の仕事は過大評価しがちです。頑張った証ですから。でもクライアントが難色を示したら、潔くやり直す。相手は気を遣って、ちょっと違う気がする、という言い方をしてくれるかもしれません。でも、そういうときはたいがい本心では満足していません。だから、つくった曲はすぱっとあきらめます。そりゃあ、本心では、頑張ったのになあ、とは思いますよ。最初からやり直すなんて嫌ですよ。でも、ちょっとずつ継ぎ接ぎして直しても、いい仕上がりにはならないんです。それに、最初からつくり直した方が、結果的には時間も短縮できるケースがほとんどです」
最後に、ヒット曲を次々と手がけているYaffleに聞いてみたいことがあった。スタンダードあるいはエヴァーグリーンをねらってつくることはできるのだろうか――。
「多くの作曲家はヒットさせたいとは思っているはずです。でも、いわゆる“アテ”にいっても、エヴァーグリーンは生まれないと思っています。すごい才能を持つ作曲家がいたとして、時代に迎合したり、大衆が好みそうだからとあえて自分のレベルを下げてつくったりした曲が、いつまでも聴き継がれるとは考えづらいですよね。それよりも、自分が好きな音楽、自分の心が震える音楽をつくった方がきっといい曲になるし、多くのリスナーに受け入れられると信じています。自分自身が好きだと思えるならば、その作品を好きと感じるのは自分だけではないはず。ほかにもきっと好きだと思ってくれる人がいるはずです」
▶︎▶︎前編「藤井 風やiriの音楽プロデューサー・Yaffleは、なぜ、地球最北の首都でレコーディングをするのか?」
Yaffle
音楽プロデューサー。1991年東京生まれ。2020年にファーストアルバム『Lost, Never Gone』をリリース。この作品ではヨーロッパ各地のアーティスト8名をゲストに迎えて録音した。プロデューサーとしては、藤井 風、iri、adieuなどを手がけている。『映画 えんとつ町のプペル』のサウンドトラックも担当した。