音楽プロデューサーのYaffleが、2023年2月17日にクラシック系の名門レーベル、ドイツ・グラモフォンから2枚目のアルバムをリリースした。タイトルは『After the chaos』。藤井 風、Salyu、adieu、iriなどの楽曲プロデュースでも知られるYaffleがソロワークスではどんな世界観を展開するのかが注目されている。インタビュー前編。
無意識化で何が生まれるのかチャレンジしたかった
藤井 風、Salyu、adieu、iriなどの楽曲プロデュースでも知られる音楽プロデューサーのYaffle 。
「テーマはポスト・アポカリプスです」
今回リリースされたアルバム『After the chaos』について質問すると、Yaffleはそう打ち明けた。
“ポスト・アポカリプス”とは終末期の後のこと。疫病、戦争、地球温暖化……。今の混沌とした状況の後、何があるのか、あるいはないのか――。環境がどんなに変わっても、与えられた状況のなかで続いていく人間の営みをテーマに据えた。
「僕たちの人生は、人類の長い歴史のほんの一瞬です。その短い期間に病気が蔓延し、戦争が勃発しています。今まで当たり前だと思いこんでいた平和が当たり前ではないと気づかされました」
5年前には、日本中の人がマスクをして歩く社会になるなど想像できなかった。
「信じていたものがあっという間に崩れていきました。きっと以前の社会には戻れないでしょう。ならば、どうすればいいのか――。不安ですよね。でも、どんなに環境が変わっても、本質的には変わらないのではないかと僕は思いました。絶滅するまで、人間は人間の営みを続けていくんじゃないでしょうか。そう考えたとき、僕は希望を感じたんです」
主なレコーディングは地球最北の首都、アイスランド・レイキャビクで行われた。白夜、凍てつく大地、頬を刺すような空気……。Yaffleのつくる厚みのある音には風景があり、低温度を感じる。
ニューヨークでもロンドンでもなく、Yaffleはなぜレイキャビクを選んだのか――。
「大都市で、人や街から刺激されて制作するのも1つの方法かもしれません。でも、僕にはそういう発想はありませんでした。人の少ない、人口密度が濃くない土地でレコーディングしたかった。知り合いもいない。土地勘もない。アウェイの環境のほうが自分自身と向き合うことができますから。孤立した状況に身を置いて、自分と対話をしながら音づくりをしていきたかった」
役割を線引きした方がやりやすい時もある
北極圏に迫る都市、アイスランド・レイキャビクではアイスランドのシンガーソングライターたちとコラボレートした。
「テーマは明確だったので、あらかじめアルバムの音の設計図をつくっていきました。その設計図にどんな歌詞、どんな歌を当てはめていくか――という課題を持ってレイキャビクを訪れています」
アルバムの枠組みはきちんとつくり、そのなかでシンガーソングライターたちに発想して歌ってもらった。
「僕の求めるピースとして、はまってくれそうな声の持ち主をあらかじめリストアップして、レイキャビクでひとりひとり会っていきました。リストアップした人と音楽性が合わなければ別の誰かにまた依頼して、最終的にアルバムが完成すればいいな、と」
『After the chaos』では、男性1人、女性2人のシンガーソングライターをアイスランドで起用した。CeaseTone、KARÍTAS、RAKELだ。
「3人とも激しすぎず、甘すぎず、よい加減の声の持ち主です。極端なたとえですが、ふだんハードロックを歌っているような振り切った声だと、今回のアルバムには合わないので。実際、僕が書いた曲との相性はとてもよかったと思います」
Yaffleはひとりひとりと向き合い、テーマを伝え、世界観を伝え、意見交換しながら、ともに歌詞をつむいでいった。
「お互い1つずつ積み木を積んでいくように、将棋を指していくように、意見を出し合いました。それぞれ個性的で、ミーティング中にピアノを弾き始める人も、ソファに横たわりイヤフォンで曲を聴きながらスマホでワードを打っていく人も、突然外へ出てじっと樹々を眺めて発想する人もいました」
デジタルの時代、そしてコロナウイルスの世界的な感染拡大で、あらゆる業種・職種でリモート化が加速した。音楽制作の現場も例外ではない。音源のファイルを送信し合い、一度も会わなくても、地球の裏側に住むミュージシャンとコラボレーションできる。しかし、Yaffleはあえて対面でディスカッションしている。
「日本でのプロデュースワークスも同じですが、直接会えば相手の顔から気持ちが読み取れます。僕のリクエストを理解してもらえているか、興味を持ってくれているか、微妙な表情の変化に表われます。そこまでの理解は会議アプリの解像度では難しい。生の会話だからこそ、相手から多くの情報を得ることができます」
相手から得たアイディアにYaffleも具体的にレスポンスする作業を積み重ね、音楽に落とし込んでいった。
『After the chaos』のオープニング曲とエンディング曲は「Stay in the light」。女性シンガーソングライター、RAKELが歌詞を書き、歌っている。楽曲にも、RAKELの声にも、安らぎが感じられる。耳もとでささやくような彼女の歌を聴いていると、今の時代にも、自分にも、なにも問題がないようにすら思えてくる。
「RAKELには、あなたに歌ってもらう曲はこのアルバムの結論、映画でいえばラストシーンだと伝えました。自分が極限状態に置かれたときに、なおかつ希望を見いだせるとしたらそれはなんですか――と問いかけ、その回答が彼女のあの歌です」
「Stay in the light」では、“come undown”という言葉が何度も歌われる。ほどかれる、という意味だ。
「この世の最後の光を思ったとき、最終的に彼女が導き出したワードです。come undownには、僕も希望を感じることができました」
■後編「『音楽は理系!』藤井 風をつくり出したヒットメーカー・Yaffleの独特なクリエイティブ術」は2/21公開予定。
Yaffle
音楽プロデューサー。1991年東京都生まれ。2020年にファーストアルバム『Lost, Never Gone』をリリース。この作品ではヨーロッパ各地のアーティスト8名をゲストに迎えて録音した。プロデューサーとしては、藤井 風、iri、adieuなどを手がけている。『映画 えんとつ町のプペル』のサウンドトラックも担当した。