[ゲーテ]4月号の表紙を飾るサカナクションの山口一郎。変化を恐れずに挑戦し続けるロックバンド・サカナクション。彼らが目指す、コロナ渦に適応する音楽の新しい地平と最新プロジェクト「アダプト」の全貌とは。【シン・男の流儀】
今こそ、音楽の新しいシステムを作りだす
2007年のメジャーデビュー以来、音楽シーンのイノベーターとして最前線を走り続けるサカナクション。そのフロントマンであり、ボーカル&ギターを担当する山口一郎は、いついかなる時もミュージシャンとしての在り方を模索し続けている。
「前々から、ミュージシャンがもっといろんなカタチで表現ができる場があったらいいなと思っていました。ミュージシャンってCDをつくることとライヴをやることくらいしか、自分を表現できる場がないんですよね。新型コロナウイルス蔓延(まんえん)前の数年間はライヴバブルと呼んでいいほどに音楽フェス全体が盛り上がっていて、ライヴをやると超満員みたいな状況が続いていた。でも、その状況が一変してしまいました」
コロナ禍において、有観客でのライヴはなかなかできなくなり、ミュージシャンとしては表現する大きな機会を奪われてしまったともいえる。しかし、山口はその状況を決して悲観せず、むしろポジティブに捉えている。
「コロナによってある意味、大きくなりすぎた音楽業界が矯正された気もしています。だから、僕らもこの機会に音楽活動を一から見直すことにしたんです」
コロナ禍に適応する新しい音楽のシステムをつくる。それが現在のサカナクションの大きな目標であり、活動のエンジンになっている。
「ジミ・ヘンドリックスとか、アフロビートの創始者のフェラ・クティもそうですが、僕が好きなミュージシャンには、“壊し屋”が多いんです。彼らは音楽の常識を破壊し、これまでとは違った価値観を世に提示しました。だから今こそ、どんどんチャレンジしていこうっていう気持ちになっています」
ロックとダンスビートを融合するなど、新たな解釈を生みだすことで自らの道を切り拓いてきた山口の言葉には説得力がある。しかし、挑戦には当然失敗のリスクも伴う。失敗への不安、恐れはないのだろうか。
「どうせ失敗するなら、早いほうがいい。早いうちに転んで、何度もチャレンジすればいい。僕自身、ピンチになるほどワクワクするし燃えるんですよね」
ロングスパンでつながる前代未聞のプロジェクト
環境が様変わりしたのは、ミュージシャンたちだけではない。リスナーたちもまた、時代に応じた音楽体験を探し求めている。山口はSNSなどを通じて、ファンと真剣に向き合うことに多くの時間を割いてきた。そこで得たヒントは、昨年から始動している大型プロジェクト「アダプト」に大きく反映されている。
「『アダプト』は、ミュージシャンとしてコロナ禍にどのように適応していったのか、適応していくのかを作品・活動として表現することをコンセプトにしています。集客ができず、イベントの規模感もだいぶ縮小しているなかで、いったいどんなコンサートならば見ている人により楽しんでもらえるか。たどりついたのが、オンラインライヴから始まり、アルバムリリースにつなげていくという展開でした」
サカナクションは12月から始まった全国ツアーに先駆け、11月20日と21日の2日間にわたってオンラインライヴ『SAKANAQUARIUMアダプトONLINE』を実施。アルバムに収録される曲を初披露したのに加え、“舞台×MV×ライヴ”というコンセプトで、4階建てビル相当の巨大な造形物「アダプトタワー」を舞台に行われた壮大な生配信は、視聴者の度肝を抜き、大きな話題を呼んだ。
「オンラインライヴでまず、アリーナツアーのコンセプトを体感してもらう。それを聴いてリアルなライヴに行ってみたいと思った人はツアーに来てほしいし、何度も曲が聴きたい人はアルバムを買ってくれたらいいなって。それに、オンラインライヴという新しい表現ツールをつくろうと思ったんです。それができれば、これまでどおりにライヴができるようになった時がきても、サカナクションの大きな武器になるはずなので」
ツアーが始まる前に種明かしをしつつ、そのうえで期待を上回るリアルライヴを披露する。サカナクションはプロモーションやブランディングといった戦略でさえも自分たちの表現の一部だと捉え、音楽の新しいシステムを構築しているのだ。
「3月に発売する『アダプト』はプロジェクトの第1章を総括するアルバム。そこから、プロジェクト第2章である『アプライ』へとつながっていきます」
歌詞へのこだわりと格好いい男
サカナクションのほとんどの楽曲の作詞作曲を手がけている山口。その作業は自宅兼制作スタジオにあるピエール・ジャンヌレのデスクで行っている。
ピエール・ジャンヌレはスイス人の建築家。従兄弟である世界的な建築家ル・コルビュジエとともにインドの「チャンディーガル都市計画」を主導し、街全体をつくっていくなかでそこに置かれる家具や椅子のひとつひとつをデザインしていった。武骨でありながらモダン。そんなピエール・ジャンヌレの家具は近年、愛好家たちの間でも大きな注目を集めている。
「ジャンヌレの家具は商業的につくられたのではなく、インドの人々の生活のために設計されたもの。彼がデザインし、現地の職人たちが地元の木材を使って家具を製作していきました。そんな歴史、文脈を知って、とても素敵だと思ったんです」
また、山口は作詞をする際、PCでIllustratorのソフトを活用しているという。
「僕はまず、Illustratorに文字を打ちこみながらいくつものパターンの歌詞を書き、そこから言葉やセンテンスをパズルみたいに入れ替えたりして1曲をつくり上げていきます。一見まるで関係性のない言葉でも、組み合わせてみると思いも寄らない意味やリズムが生まれてくることがあるんです。1曲に対して、80パターンくらい歌詞をつくったこともあります(笑)」
聴く者の感情を揺さぶる印象的なフレーズの数々は、そんな作業の積み重ねから生まれているのだ。
音楽にストイックに向き合い、常に新しい表現を模索し続けている山口一郎。今回の特集のテーマでもある「格好いいと思う男」について聞いてみた。
「すごいシンプルに、相手によって態度を変えない人ですね。あとは、言ったことは必ず守る、嘘をつかないとか。それができる人は男としてめちゃくちゃ魅力的だと思います。身近な人でいうなら、藤原ヒロシさんや加藤浩次さんがまさにそういうタイプ」
確固たる自分を持っていて、他人に流されない。言葉で言うだけならば簡単だが、それを実際に貫くのはとても難しい。山口自身、音楽へのブレない姿勢を持っているからこそ、多くの仲間やリスナーたちからの信頼を得ているのだろう。
「僕、変態収集家なんです(笑)。なぜだかわからないけれど、僕の周りにはいろんな分野の“変態”たちが集まってくる。だから自分ができるのは、みんなに飽きられないようにすること。『一郎君ってすごいこと考えるな』『すごい無茶ぶりされるけど楽しい』とか思ってもらえるために、これからもいい音楽をつくることでその期待に応えられる存在であり続けたいと思っています」