訪問時に感謝の気持ちを込めて渡す手土産には、他者へ想像力、見識、センスなど、選者の人間性が垣間見えるもの。今回、村上龍、吉本ばななの編集担当を務め、最近では原田マハ『CONTACT ART 原田マハの名画鑑賞術』を手がけるなど文芸作家と付き合いのある壺井円に手土産の鉄則を取材。編集者ならではの気遣いや心遣いとは――。
手土産を贈りあい、美味しいものを共有する
なぜこれを選んだのか、自分のストーリーごとお渡しできるような手土産を日々考えています。作家さんの好みだけでなく、自分で食べて美味しいなと思ったものにしたいので、経験値も必要です。編集者として駆け出しの頃はなかなか決めきれず、伊勢丹の地下をぐるぐる歩き回ることもしばしばでした。今では長いお付き合いの作家さんも増え、今度何を持っていこうかなとわくわくしながら考えられるようになっています。
会うたびに何かお持ちするという義務・儀礼的な形では心を動かすことはできないような気がするので「あ、このタイミングだからこれなのね」と相手が腑に落ちるよう心がけています。
たとえば、ある女性作家さんが体調を崩されて打ち合わせができなかったことがありました。何かお見舞いを送ろうと考えて思い出したのが、彼女が毎年ご自分で筋子を買って醤油漬けを作っているほど、いくら好きということ。折りしも新いくらのシーズン、体調が悪くては筋子を買いに行くことも、仕込むこともできないだろうと思い、「ご飯だけ炊いておいてくださいね」と、新潟加島屋の「いくら醤油漬」の大瓶(写真は中瓶)をお送りしたら喜んでいただけました。
このように冷蔵庫や冷凍庫で保存でき、ご飯に乗せるだけ、ちょっと温めるだけというもので美味しいものは手土産リストにいくつかあります。何しろ作家さんには心置きなく執筆に向きあっていただきたいですから。お子さんがいらっしゃる方との会食では、朝食を作る手間が少しでも省けるよう千駄木腰塚のハムやベーコンをお持ちすることもあります。
実は編集者は作家さんから「これ美味しいよ」といただくことも多いのです。特に吉本ばななさん、原田マハさんは美味しいものをよくご存知で、今度は私もこれを使わせていただこうとリストに加えた商品がいくつもあります。
なかでも印象に残っているのは、Minimal(ミニマル)のチョコレート。まだ日本製でシングルオリジンのカカオで作っているチョコレートが流行る前でしたから、流石ばななさん!と感銘を受けました。そのお返しに新潟にあるカーブドッジワイナリーの「FUNPY(ファンピー)」のロゼスパークリングを差し上げたら、とても気に入ってくださいました。「FUNPY」はネーミングだけでなくエチケットも晴れやかな印象。味わいもナチュラルで誰の口にも合うようで、飲み会に持参するなどかなりヘビーユースしています。
そのほか、定番になっているのはとらやの「小形羊羹」。食べきりサイズで日持ちがしますし、何よりパッケージが美しいですよね。特に海外でお仕事をされている作家さんに日本を感じてもらえるかなと。先日もイギリスに住む新川帆立さんに資料と一緒に送りました。
長いお付き合いで、「あの時あれをもらって嬉しかった」という想い出がお互いのなかで残るため、手土産は信頼関係を築くのに役立ってくれているのかもしれません。
Madoka Tsuboi
1982年東京都生まれ。大学在学中から幻冬舎でアルバイトとして働く。編集者として村上龍『新 13歳のハローワーク』、吉本ばなな「吹上奇譚」シリーズ、原田マハ『CONTACT ART 原田マハの絵画鑑賞術』『〈あの絵〉のまえで』などを担当。