2011年Jリーグ清水エスパルスから、ドイツ・シュトゥットガルトへ移籍した岡崎慎司選手。彼にとってメンター的存在と言えるのが中村俊輔だった。岡崎選手はドイル、プレミアリーグ、スペイン、ベルギーと10年近く経った今も、欧州でプレーしている。彼の生存術のひとつに、「クラブを俯瞰して見て、自分ができることを探す。どんなときも現状に満足せず、常に課題や壁を探し、その克服の準備をし続ける」というものがある。この思考は、2008年に中村俊輔が上梓した『察知力』に綴られている中村俊輔の考え方と共通点が多い。現在、ベルギー・シントトロイデンに所属する岡崎選手に「中村俊輔」のことを聞いた。
俊さんはサッカー小僧だから。奥深くまでサッカーの話ができる相手
――岡崎慎司選手は10年ほど前から毎年、中村俊輔さんと年に一度食事会を行っているそうですが、ヨーロッパで苦労している岡崎選手にとって、俊輔さんはどのような存在なのでしょうか?
「自分とは違う視点での意見をいただける大事な先輩です。いつも当たり前のような答えは返ってこないので勉強になります。でも逆にそこから発展する会話を期待しているのかもしれません。ヨーロッパではサッカーに関しては常にひとりで戦っている状態なので、俊さんとの食事会での会話がとても大切な時間になっています。
もちろん、僕の考えに同意をしてくれることもあります。僕自身が確固たる正解を持っているわけじゃないので、あぁそういう考え方もあるのかと気づかされることが多かったですね。壁にぶつかって、もがきながら文字通り悩んだり、考え込んだりしていると、自分自身の考えに凝り固まってしまうから。そういうときに海外での経験も持っている俊さんの考えが欲しいなと思うんです。それは僕自身が成長したいから。俊さんに会いたいと思うんでしょうね」
――なるほど。岡崎選手にとってのメンターのひとりだったわけですね。
「そうですね。でも、何かを得たい、この悩みの答えを知りたいという感じで会っているわけじゃないんですよ。ただただ、サッカーの話がしたいという感じなんです。20代のころの僕は同年代の選手と食事に行くことも少なくて。今だったら、乾(貴士)や(香川)真司とサッカーの話ができるんですが、当時は俊さんみたいなサッカー小僧が周りに少ないなという印象だったから。とにかく俊さんとサッカーの話をするのが楽しみでした。ただただサッカー談義をする時間です。奥深くまでサッカーの話ができる相手が俊さんだったんです」
――以前「ヨーロッパで僕がどこまでできるか、日本人選手にとっての実験台なんだ」という話をされていましたが、かつてセルティック時代に俊輔さんも同じようにお話されていて、おふたりが似ているなと思いました。また、現状を把握して、何をすべきかを見つけ出して、工夫する点も。
「そうなんですね。でも知らず知らずのうちに影響を受けていると思います。イチローさんの言葉を聞くと、俊さんの言葉と似ているなと感じることがあります。ふたりともとにかく探求というか研究をし続けているんですよね。常に考えているという印象です。小さな変化を見逃さず、プレーやトレーニングの選択も含めて、その先の先まで、追求していくところが共通していると感じます。すぐに答えを出さないというか、『これで大丈夫。問題ない』みたいなことはないんですよね。そういうところは僕にもあるかもしれないですね」
――好調なときこそ、次に訪れる壁に向けた準備を始めるのが俊輔さんですよね。岡崎選手もプレミアリーグで優勝したレスター時代に『監督から献身的な守備を褒められているけれど、それは危険信号なんだ』と話されていました。
「僕はストライカーなのだから、ゴールという部分での評価を得なければ、いつポジションを奪われるかわからない。守備を褒められてもそれでは安心はできなかったですね」
――満足をしてしまうと終わってしまうということでしょうか?
「小さな達成感はあります。そうじゃないと辛いだけだから(笑)。でも考えを止めてしまったら、終わってしまうと思います。常に疑問を持って、よりよくしようと悩む時間が成長に繋がる。それは俊さんを見ていると感じますね。海外にいても、日本へ戻ってきて、移籍を重ねても、それぞれの環境で、サッカーを追及し続けた人だと思うんです。僕は今、海外にいるからそう思うのかもしれないけれど、日本へ戻ったら、何を目標にサッカーを続けていくんだろうという心配があります。でも、俊さんはそういうのも乗り越えてきた人なんですよね。だからこそ、俊さんの言葉はスッと自分のなかに入ってくるんだと思います」
中村俊輔監督への期待
――これからも毎年の食事会は実施していきたいですか?
「もちろんです。引退会見で俊さんが指導者ライセンスの講習会で『正解を知っているから教えすぎる』ということに気づいたという話をしていましたが、僕自身その言葉にすごく納得したんです。僕はまだ指導者ではないし、その勉強もしていないけれど、育児で同じような間違いをしているなと思ったので。教えることで、子どもの考える機会を奪ってしまう可能性もあるんですよね。自分で試行錯誤しなくなる。成功体験も大切だけど、自分で失敗して、考えるという体験も重要なんで、その微妙なさじ加減が難しいんだと感じています。うまく失敗をさせて、でも最悪まではいかせないというところで、そういうバランスのさじ加減が上手い人が、よい指導者だと思います」
――俊輔さんのたった一言でも、そんなふうに岡崎選手のなかで思考が広がるんですね。
「そうですね。めちゃくちゃ納得できました。そういう意味でも、現役を引退した俊さんの視線から見えるサッカーのことを話したいですね。きっと選手時代とは違う話ができると思うんです」
――今後の俊輔さんのキャリアについての発表はまだありませんが、どういう指導者になってほしいですか?
「ああいう生き方をした人がどういうふうに指導をしていくのかっていうのは、めちゃくちゃ興味はありますね。日本だと引退すると解説の仕事をする人が多いですが、俊さんにはそれは最小限にしてほしいですね。求められるとは思うんですけど、やっぱり現場にいてほしい。テレビ解説に慣れて、言葉がうまくなりすぎて、空気を読んで視聴者が求めるものまで理解して、話してしまうようにはなってほしくないので(笑)」
――でも、それもできる人ではありますね。
「ですね。でも、俊さんみたいに、本当にサッカーの探求者でかつ、実績も抜群で、日本代表でも活躍し、海外での経験もある人が引退して、指導者になる例はあまりないと思うから。俊さんがどういう道のりを歩んでいくのか。昔から、監督・中村俊輔というのを見てみたいという想いは強くあるので。地域リーグやJFLなどの下位カテゴリーで経験を積んでステップアップしていくのがいいのか、大きなクラブで挑戦するのがいいのか。監督にも人生や背景が影響すると思うので、よくあるレールやルートを歩んだからといっていい監督になるわけではないとも思うし」
――選手はひとつのクラブに20名以上いますが、監督は一人だけなので、その椅子の数が多いわけではないけれど、選択肢はいろいろありますからね。
「俊さんの選択が楽しみです。簡単に成功できる世界じゃないからこそ、追及し続ける俊さんに期待しています」
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岡崎慎司/Shinji Okazaki
1986年兵庫県生まれ。2018年、ロシアワールドカップのメンバーに選出され、W杯3大会連続出場を果たす。2019年、キリンチャレンジカップのメンバーに選出され、森保体制での代表初招集。コパ・アメリカ2019のメンバーにも選出された。国際Aマッチ 115試合 50得点。現在はベルギー・シントトロイデンに所属。