ミリオンセラーの小説『陰日向に咲く』でデビューし、次作『⻘天の霹靂』では⻑編に挑戦。初監督の映画作品にもなり、それから12年ぶり3作目の書き下ろし小説『浅草ルンタッタ』が発売された。芸人として活躍する一方で、小説のほか、脚本・監督を務めた映画『浅草キッド』や2021年夏の東京オリンピック開会式など、驚きと感動で人々を魅了してきた劇団ひとり。「作ること」に対してどう考えているのだろうか。
刺激と発見と達成感がなければ、人生なんてつまらない
劇団ひとりによる12年ぶり3作目の書き下ろし小説『浅草ルンタッタ』が話題だ。
舞台は大正時代の浅草。実際にあった『浅草オペラ』をテーマに、行き場を失くした女たちの人生を丁寧に切り取り、“らしさ”全開のひとクセある言葉をリズミカルに連ねて疾走感ある作品に仕上げた。処女作『陰日向に咲く』や前作『青天の霹靂』、さらに監督映画『浅草キッド』も自身の経験に紐付けた“一人称”の作品だったが、今作はテーマも時代背景も未知の領域。制作過程はこれまでと大きく異なった。
「最初はちょっと日和(ひよ)ったんですよ。あまりにも知らない世界だったから。でも『浅草オペラ』という言葉に惹かれて『自分でやりたい』と強く思えた。だから、全部自分で調べて書きました。自信になりましたね。もう、興味さえ生まれてしまえば臆する必要なんてないと」
芸人を本業としながら、映画監督、作家、俳優など幅広いフィールドで走り回る超売れっ子だ。しかし40代も半ばを迎えた今、“生き方”に対する考え方に変化の兆しがあるという。
「45歳にもなると、だいたいのことが想定内でしょ? それじゃあ自分の幅がちっとも広がらなくてつまらなくて。足りないんですよ。ちょっとやそっとの刺激くらいじゃ」
この夏、監督を務めた『無言館』(日テレ系『24時間テレビ』スペシャルドラマ)も「知らない世界」を題材とする物語だった。資料をかき集めて一から調べ上げ、作品を完成させる過程で大きな刺激を受けた。
「これまでとはまったく違う感情で、『戦争はダメだ』と心の底から思えた。その感情は僕のなかですごく新しくて、知らない世界と真剣に向き合ったからこそ生まれたものだった。刺激と発見なんです。必要なのは」
もっとも、新たなチャレンジにはいつだって折れない心と切れない体力が必要だ。現実は、たった数キロのダイエットだって継続も達成も容易ではない。
「わかる。わかりますよ。達成感ってのは実にめんどくさい。そもそも、だいたいのチャレンジなんて本当は“やらなくていいこと”なんです。僕だって本業に専念しているほうが生活は安定する。でも、新しいことをやらなきゃ気が済まない。それが性分なんですよね」
性分とは飽き性のこと。ネガティブに聞こえる言葉だが、彼にとってそれはクリエイターとしての原動力でもある。
「ずっと同じことをやってると精神的に参ってくるんです。極端にいえば、人生そのものにうんざりしちゃう。で、一気に不安になる。このまま自分の成長が終わるのはイヤだ。何でもいいから新しいことをやらなきゃって。だから、仕事だけじゃなく趣味もコロコロと変わるんですよ。ちょっと前にハマったゴルフもキャンプも今は全然。最近は染め物。『どうせ飽きるんだろうな』と思いながらやってますけどね(笑)」
そんな心のメカニズムに従って、まっすぐではなく、くねくねと方向転換を繰り返しながらクリエイターとしての道を突っ走ってきた。
「めんどくさいけど、やっぱり達成感なんですよね。しんどいところを探しちゃうのは登山家と一緒。ロマン? それがないと計算が合わないですよ。そういう意味では、まだ怖くて立ち入れないロマンティックな領域がたくさんある。例えば、小説ならミステリー。……うわ! でもやっぱムリ! 刑事を主人公にしたシリーズものなんて、飽き性の僕に書けるわけない!」
クリエイターとしての第2フェーズ。『浅草ルンタッタ』は、“新しい劇団ひとり”の始まりの物語だ。