デビュー15周年記念アルバム『classique deux』をリリースしたバイオリニスト・宮本笑里にインタビュー。
師である父の言葉をバネに
2022年夏、バイオリニストの宮本笑里がデビュー15周年記念アルバムをリリースした。タイトルは『classique deux』。ショパンの「夜想曲第20番」、シューマンの「トロイメライ」バッハの「G線上のアリア」など、誰もが耳にしたことのあるクラシックの名曲を12曲収録した。
音楽は時として感情のコントローラーになる。ビジネスシーンで気持ちを上げたい時のBGMに、宮本はホルストの「木星」を勧める。
「希望に溢れ、星が輝いているような響きです。ホルンの福川伸陽さんはまるでひとりオーケストラ。導入部から気持ちを上げていただけると思いますよ」
激務を終えた夜は、しっとりとドビュッシー。「亜麻色の髪の乙女」で心を落ち着けたい。
「この曲は、実はテーマが明確ではなく、私も敢えて音圧をかけずに、ふわっとした気持ちで演奏しています。そのふわっとした音で疲れを癒やしていただければ素敵だな、と。弦楽器ではなくピアノでつくられた曲ですが、敢えて選曲してみました」
ピアノは音の減衰を味わう楽器。一方バイオリンは継続して響く音の余韻を味わう楽器だ。
「ピアノの曲をどう演奏するか悩みつつ、私はバイオリンらしさを強く意識しました」
宮本が今回のような全曲クラシックの名曲を録音するまでには、実は長い葛藤があった。
「デビューした頃は、クラシックだけを収録するアルバムをつくることに自信が持てませんでした。怖かったのです。演奏を通して、自分の技術や心のなかまで見透かされる気がしていました。師でもある父には、お前はすぐに音楽界からいなくなる、と言われてきました」
父親は宮本文昭。オーボエ奏者で、指揮者で、東京音楽大学教授でもあったレジェンドだ。
「悔しさをバネに、そして今回がラストアルバムかもしれないという緊張感を常に持ち、レコーディングに臨んできました」
初期の宮本のアルバムはオリジナル曲が主。そこに、クラシックの名曲を加えていた。
「15年前の日本ではクラシックとポップスの垣根が今より明確で、私のスタンスを否定する声も聞こえてきました。クラシックをやれないからポップスに逃げているとも言われました」
あまり前例のない試みに、拒否反応を示す人が多かったのだ。それでも、宮本は自分流を続けた。そして、クラシックをルーツにノンジャンルで演奏するスタイルは、新しい個性として広く受け入れられるようになっていった。そこで満を持して発表したのが、2018年のアルバム『classique』だ。
「初めて、全曲クラシックのアルバムでした。一度自分のルーツをしっかり表現したい――。音楽家としての覚悟を持ってレコーディングしました」
原点であるクラシックによる渾身の作品で自信を深めた宮本は、次のフェイズへ進もうとしている。オリジナル作品とクラシックを自由に行き来するスタンスをさらに明確にしつつある。
「どんな音楽でも、音楽以外でも、積極的に取り組み、自分の演奏の栄養にしていきたい。その気持ちを持ち続けています」
これまでもキャスターやラジオパーソナリティの仕事に、チャレンジしてきた。
「音楽以外のお仕事も、音楽表現の種子です。私のすべての活動が、私が奏でる音に表れていると思うのです」
Emiri Miyamoto
東京都生まれ。小澤征爾音楽塾、NHK交響楽団などに参加の後、2007年に『smile』でアルバムデビュー。’22年11月より「宮本笑里15周年リサイタルツアー2022”classique deux”」をスタート。クラシックの作品を主に、オリジナルの曲も多く演奏する予定。