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2022.07.08

日韓W杯の真実! 開幕戦で天国から地獄を味わった"消えたキャプテン"

2002年から20年が経った。ワールドカップ初戦で負傷退場以降、ピッチに立つことができなかった、森岡隆三。現役を引退して指導者としてのキャリアを積んでいる、元日本代表キャプテンへのインタビュー。

W杯はトラウマとなって自分を苦しめた!

ワールドカップ日韓大会により日本中がサッカーに熱狂した2002年から、20年が過ぎた。

1998年フランス大会において初出場し、2度目のチャレンジで決勝トーナメント進出を果たしたフィリップ・トルシエ監督率いる日本代表で、長くキャプテンを務めてきたのが守備陣の要、森岡隆三だった。しかし、ワールドカップ初戦の対ベルギー戦途中で負傷退場。傷が癒えることなく、大会を終えている。夢舞台で輝くことができなかった森岡は、20年前の大会をどう捉え、乗り越えたのかーー。

ワールドカップの記憶というのは、実に曖昧というか、途切れ途切れなんです。それでも強烈に刻み込まれた光景があります。それが埼玉スタジアムの風景です。
6月3日、私たち日本代表はワールドカップ初戦でベルギー代表と埼玉スタジアムで戦いました。大会アンセムが流れるなか、ピッチへと向かう階段を登り、真っ青に染まったスタンド、そして歓声に心が震えました。

もちろん、緊張感やプレッシャーもありました。けれど、試合が始まればそういう重さというのは自然と消えていきます。ただ、この初戦は、少し違いましたね。相手のプレスに慌ててしまい、中途半端なボールを蹴り、ピンチを招いてしまった。この時、自分の硬さを自覚できた。それにより「ミスは起きる。大事なのはそのあとだ」とマインドセットができ、硬さは自然と消えていきました。

当時のベルギー代表には現在のようなビッグネームの選手はまだ少なかったのですが、勤勉かつミスの少ないチームでした。彼らが日本を十分に研究していることも伝わってきました。日本は当時”フラットスリー”と呼ばれていた守備戦術をとっていました。これはボールの位置を把握しながら、積極的にディフェンスラインをあげて、陣形をコンパクトに保つという戦術です。ベルギーはそんなディフェンスラインの背後を狙っている動きを何度も見せていました。私は中田浩二、松田直樹というディフェンス陣と「無理にラインをあげず、セーフティに戦おう」と話しあってもいました。危ないシーンもありましたが、スコアレスドローで前半を終えています。

後半12分に一瞬のスキを突かれるような形で、ベルギーに先制点を許してしまう。けれど、鈴木隆行のゴールですぐさま同点に追いつきました。その勢いに乗るように後半22分、稲本潤一が逆転ゴールを決めたのです。

歓喜のなかで私は、左足の違和感で立っていられなくなりました。嫌なしびれは後半に入ってから感じていました。立っていても、足の裏で地面が踏めない。水枕の上に立っているようなブヨブヨとしたイヤな感覚です。次第にしびれが強くなり、痛みも加わり、熱を帯びていったのです。「出血しているんじゃないか?」という想いもあり、私はピッチに腰を下ろし、スパイクを脱いで、ドクターに確認してもらったのですが、出血はおろか、傷もありませんでした。

「このままプレーを続けて、一瞬でも動けなくなれば、勝敗を左右するような迷惑をかけてしまうかもしれない」という気持ちが確かにありました。しかし、交代のことは考えていませんでした。とにかく、少しでも時間の猶予がほしい。テーピングをきつく巻けば、プレーできるかもしれないと考えて、ピッチの外へ出ることを選択したのです。

「ここで交代なのか」

ベンチ前でトルシエ監督が宮本恒靖を呼び、指示を与えているのを視線の端で捉えた私は、自らの腕に巻かれていたキャプテンマークを外し、スタッフに託しました。それを腕に巻き、ピッチに出ていったツネ(宮本)の顔には、黒いフェイスガードがつけられていました。

ベルギー戦を2-2で終えた日本は、ロシアとの第2戦で1-0と勝利。

私はその試合をスタンドで観戦。あらゆる検査をしたものの、足のしびれの原因はわからなかった。注射を何本も打つなどあらゆる治療を施したものの症状は改善しない。

「まだ、思うようにプレーできません」と告げると、監督は「ヒデ(中田英寿)は捻挫をしているし、ツネはフェイスガードをつけて戦っている。なぜおまえはこのワールドカップでプレーできないんだ」と怒鳴った。

2002年初めに肉離れを起こし、4ヵ月間実戦から遠ざかっていた私をメンバーに選出し、キャプテンを任せてくれた監督の気持ちも理解できました。けれど、負傷を証明するものが私にはなかった。画像や数値で示すことができない。

結果的にロシア戦はベンチ外。

自分の地元横浜でのワールドカップ。それをスタンドで見ていることの落胆は小さくはなかったです。それでも、ワールドカップ初勝利を飾ったチームメイトたちを誇りに思えました。
そして、宮本恒靖のプレーに目を見張りました。まさに私が理想とするプレーを体現。ディフェンダーのセオリーを具現化し、プレーの優先順位をふまえたうえで、相手のプレーを誘い、スライディングでボールを奪う。そのプレーには美しさすら感じました。
「ツネは次のステージへ行ってしまった。だいぶ置いていかれたな」と心底思えました。ワールドカップという舞台が彼の力を引き出したのかもしれません。嫉妬を軽々と超えるほどの尊敬に近い感情を抱きました。

私が肉離れを患っていたころ、代表のディフェンスラインの中央で統率していたのはツネでした。しかし、私の復帰でその座を奪われることに。納得がいかない感情は当然あったに違いありません。そのうえ、5月30日、練習試合で鼻骨を骨折。すぐにフェイスガードをつけてプレーしていますが、視野の確保など不安もあったはず。そのうえ、守備選手は攻撃選手に比べれば、途中出場のチャンスは少ない。そういうなかで、どういう気持ちで日々を過ごしていたのか? その強さと健やかさに驚きを感じたことを覚えています。

私自身はまったく健やかさとは縁遠い状態でした。

練習に合流はしたものの、思うようにプレーできない苛立ちを募らせていました。足の状態も万全というわけでもない。もう、このチームにいてはいけないと考えたこともあ理ました。

そんな時、中山雅史さんや秋田 豊さん、森島寛晃さんらベテラン組の姿に心を奪われました。彼らは先発出場ではなくとも、練習で手を抜くことは一切なく、率先してチームのために汗を流し、行動していました。サッカーはやはりチームスポーツなのだと思い知らされました。試合に出ていない選手がチームの結果を左右します。自分もチームの一員なのだから、やるべきことがあるだろうと目が覚めました。

第3戦のチュニジア戦での森島さんのゴールは自分のことのように嬉しかった。控え組の選手たちの想いを乗せたゴールだと感動しました。

決勝トーナメント1回戦でトルコに敗れて、日本のワールドカップは終わりました。

20年が経った今も、ワールドカップについて考えると、複雑な感情が湧いてきます。喜び以上に悔しさや絶望感など、思い出したくないシーンも多い。ワールドカップ後にヨーロッパ移籍するという夢もなくなりました。あの時、ピッチ外へ出たことを悔やむ感情は消えません。結局、不完全燃焼という感覚がついて回っています。

このイヤな感覚は、大会終了後もずっと消えることなく、私は過去の自分に囚われ続けてしまったんです。まさにワールドカップはトラウマとなって自分を苦しめてきました。本当の意味でそこから解放されたのは、2007年に長く所属した清水エスパルスから、当時J2の京都サンガFCへ移籍し、J1昇格という結果を手にした時でした。
環境を変えて、新たに掲げた目標を達成したことで、不思議な幸福感を得ることができ、新しいスタートを切ったのだと実感できました。
そして2008年、私は現役を引退し、指導者としての道を歩き始めています。

今は清水エスパルスで、アカデミーヘッドオブコーチングを務めています。
この職は、小学、中学、高校という育成年代のアカデミーを統括するような役割。
そういうなかで私は子どもたちに「PLAY EVERY MOMENT」というメッセージを発しています。ここには「すべての瞬間をプレーする」という想いがあります。
試合中、必要以上にレフリーに抗議をしたり、痛くもないのに痛がったりするような行為は美しいものではありません。時間を無駄にすることの意味の無さを子どもたちに知ってほしいからです。

そこには、ベルギー戦でピッチの外に出てしまったことへの後悔ももちろんあります。
そして、2011年に急逝した松田直樹のことについても考えてしまいます。
だから合わせてこうも告げます。

「可能性は無限大だが、時間は有限なのだ」と。

これはサッカーに限らず、人生でも同じなんだと思います。一瞬と一瞬の間までも生き抜きたいです。

森岡隆三著『すべての瞬間を生きる PLAY EVERY MOMENT』が絶賛発売中!

TEXT=寺野典子

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