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2022.06.12

【中村俊輔】短期・中期・長期の目標設定をやめた、今の目標と夢とは

J2横浜FC所属、43歳、中村俊輔。天才レフティ。選手として、なお挑戦し続ける彼は、何を想っているのか、独占インタビューを行った。短期連載第3回

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試合に出られない葛藤との向き合い方

中村俊輔43歳。
ちょうど、3年前の2019年、横浜FCへ移籍した中村は、三浦知良とチームメイトとなった。

「カズさんには、単純にパワーをもらってました。朝、クラブハウスに来て、いきなり筋トレをやって、全力でアップしている姿を見ていたら、『見本にしなくちゃいけない』とか『俺も負けられないな』というんじゃなくて、『カズさんがいる!』という感じで、そこにエネルギーの塊がいるという感じなんです。もちろん、自分もやらなくちゃとも思えるし、うまいトラップをみて刺激を受けるというのもある。

練習後、カズさんは、周りに『あの時はこうしよう』とか『こういう風にして欲しい』というよりも、『俊輔、あのとき、俺はこうやって動かなくちゃダメだったな』とよく言っていて、いつも自分の反省ばかりを口にするんですよ。本当にサッカー小僧、サッカー大好きなカズさんがいるんですよね」

そんな三浦も2022年シーズン、横浜を去り、J3の下のカテゴリーとなるJFLの鈴鹿ポイントゲッターズへ移籍している。

「練習試合で一緒にプレーすることが多かったし、カズさんはボールにたくさんタッチすることでリズムを作るから、足元へパスを出すといいプレーをしてくれていた。でも、試合でしかつかない筋肉や感覚があるから、『もっと試合に出たい』ということはよく話していましたね。だから、そういう想いを形にするための移籍だったんだと思います」

長く現役でプレーすることは美徳とされる一方で、カテゴリーを下げてまでもプレーし続けるのかという疑問の声も少なからずある。それは中村に対しても向けられる声だ。

「みっともないとか、痛々しいという人がいても当然だと思う。『きっぱりと引退するのも道だろう』と諭してくれる人もいます。しかも僕は引退してから監督業をやりたいと考えているから、長く現役でプレーしていると、指導者へ向かうのが遅くなる。

でもそれも関係ないと思っています。引退を決意する理由は人ぞれぞれだと思うんです。プレーするクラブが無いとか、サラリーの問題もあるだろうし、カテゴリーにこだわる人もいるでしょう。でも、僕自身が、そういう現実に対して、『しょうがないな』と思えるまでは、やめない。それがサッカー選手かなと。

終わり方や区切りのつけ方は人それぞれ。ほかの人の声に耳を貸す必要はない。『もうやめればいいのに、あの人痛々しいよね』と思われても、なんとも思わない。僕の人生だから」

それでも、中村自身もここまで長く現役を続けるとは考えてはいなかったという。

「僕はジダンが好きなんですが、彼は34歳で引退した。だから僕も漠然とそれくらいの年齢で終わるんだろうなと思っていました。でも、もっとやりたいという想いがあり、ジュビロ磐田へ移籍し、横浜FCにも来ました。もっとやりたい、もっとうまくなりたいというサッカー欲が消えないから」

かつてのようなプレーができない場面もある。肉体的な変化は当然訪れるものだからだ。

「自分にがっかりすることは、多いですよ。でも、ポジティブに毎日を楽しく、サッカー人生を送れているから。『あのボールに追いつけなかった』とか『ついて行けてないんじゃないか』ということもあります。それは認識しています。でも、追いつけるように、『明日はちょっと強めの筋トレをしようかな』『一歩早くスタートを切れるようにしようかな』とか、また『ひとりじゃ難しいから、周りの誰かとグループになれば、自分は光るんじゃないか』と、フォワードとコミュニケーションをとり、関係性を深めれば、1本のパスでゴールに繋げることができれば、紅白戦でのアピールになるとか。いろんなことを試しているからネガティブになることもないんです」

ポジティブな姿勢を生みだす思考といえば、よさを引きだすというふうに考えるのが一般的だろう。しかし、そうではないのが、中村俊輔が中村俊輔たる所以だと感じる。

「自分が勝てるところを探す作業も当然行うけれど、負けているところ、落ちているところを補う工夫をします。長所を確認するよりかは、短所、落ちてきた部分を補う作業のほうが多いですね。走力が落ちていると感じれば、単純に足の速さを高めることだけじゃなくて、足さばきというのもサッカーにはあるので。そこを落とさないように、いろんなトレーニングで刺激を与えるようにしています。

だから、若いころよりもやることがいっぱい増えるんです。自分を研究しているというか、自分の発想でいろんなことを試して、どれが合うのかを模索しています。ただ、筋肉が太くなったり、可動域が急激にひろがったり、スピードがついたりはしないので、あまりやりすぎると、身体が重くなったり、肉離れを起こしたりという弊害もあります。そういう意味では鍛えづらくなっているのも事実なので、難しさはありますね」

最近は、若い時代の自分のプレー映像をよく見るとも話す。

「小学生の頃のプレーも見ます。当時の発想やアイディア、動き方を見る。それでステップが速いなとか、キックフェイントとか。眼で見て、頭に入れないと身体が動かないので。でも、サッカーは一瞬で何かを変えられるスポーツだから、そういうイメージや発想、アイディアは無くさずにいたい。あの人が出てきたら、必ずボールが落ち着くから、こんなふうにゲームが変わるよねというふうに、選手としての生き抜く方法はいろいろあるので。そういうところは狂わないように、ネガティブにならないようにしています」

当然、試合に出られないことへの葛藤はある。

「『しょうがないな』と思うこともあるけれど、そう思っちゃいけないという気持ちの間で揺れ動いていますね。でも、現実的に厳しくても、可能性を生みだして、いちプレーヤーとしてチームに貢献する。自分にしかできないプレーを探すという気持ちはなくならない。だから、やっぱりポジティブになれるんだと思います。同時に、いろんな部分が落ちていく自分を見たいというか、それをどう克服するか、そういう意味での実験台なんですよね、僕は」

ヨーロッパでプレーしているときも、「僕のような身体の人間がいかにヨーロッパで戦うのか、そういう意味での実験台だ」という話をしていた。「うまくなりたい」というひと言には、サッカーを探求するという意味が込められているんだと改めて感じた。

そしてそれは、現役引退後も続くのだろう。

「いつ引退するかはわからないけれど、まあ、40代半ばから指導者を目指すのは早いということにはならない。でも、それもまた僕の人生なので。確かに現役選手として代表やUEFAチャンピオンズリーグに出たことなど、さまざまな経験をしてきました。でも指導者の道を踏みだしたなら、そういう経験はゼロにして、空っぽの状態でイチから学びたいと思っています」

20代の中村は、短期、中期、長期という目標を設定し、そこから逆算してきた。しかし、現在はそういう目標を設定することはないという。

「今は短期も長期もなくて、目標はひとつですね。ラストスパートという感じだから。J1昇格と、自分にしかできないプレーを引き続き探し、見つけていくという作業ですね。20代は代表で10番をつける。ワールドカップに出場するという目標を掲げて、それを達成してきました。でもそれは目標であって、夢ではない。夢はずっとサッカーをしていたいということだと思います」

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Shunsuke Nakamura
1978年神奈川生まれ。横浜F・マリノス、レッジーナ、セルティックFC、RCDエスパニョール、横浜F・マリノス、ジュビロ磐田を経て、現在横浜FC所属。日本代表98試合出場/24得点。

TEXT=寺野典子

PHOTOGRAPH=YOKOHAMA FC

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