2021年、最新刊『みんな、本当はおひとりさま』が発売となり、その明るく逞しい生き方がたくさんの共感を生んでいる久本雅美さん。酸いも甘いも噛み分けてきた久本さんだからこそ生まれる温かな言葉や、考え方は混沌とした世の中を生き抜く仕事人たちの心にぽっと火を灯してくれる。60代には見えぬエネルギーとバイタリティ、そして包容力。歳を重ねるからこそ、人に必要とされ、愛されるヒントが明かされる。今回特別に、最新刊から一部を引用してお届け。
“老害”にならない旬の人への乗っかり術
私が若手の頃、とある先輩から「今はお前が旬なんだから、俺たちはお前を立てなければならないから」って言われて、その受け止め方、すごいなぁと思ったことがありました。でも、今の自分はまさにその立場。この世界って、ありのままの自分で勝負することはもちろんだけど、旬の人や勢いのある人に乗っかっていくことも大事で、いや、乗っかっていける自分になることが大事なんだと思います。
50代半ばくらいから、今は若い人たちが輝く時間だから、それを立てて自分はちょっと引いたほうがいいんじゃないかなと、冷静に立ち位置を考えられるようになりました。諸先輩方からは、「ようやく気づいたんかーい」ってツッコまれそうですが。
笑いには時代の流れがあって、新しい才能にあふれた人たちも次々と出てくる世界ですから、どうしたってその勢いには勝てないし、それに無理して突っ込んでも流れを壊すだけ。若手が作り出すこの時代の笑いを一緒に面白がることが大事。決して迎合するわけではないけれど、年を経たら経たなりの気の遣い方が求められます。
その点、所ジョージさんは上手だなぁって思います。淡々と自分のやりたいことをやりながら、若い人の笑いもちゃんと尊重して、ケタケタと笑っている。ビートたけしさんや明石家さんまさん、鶴瓶師匠もそうです。
たけしさんなんて、一緒にご飯を食べに行くと、「あいつらの漫才、面白いな」と、いつも楽しそうに話しているんですよ。たけしさんご自身が論理的に笑いを作ってきた方だから、なぜ面白いか、感覚だけではなく論理立てて説明してくれるんです。そうやって若い才能をちゃんと認められるってかっこいいよね。
年をとると立場もキャリアを重ねてきた自負もあるから、自分たちのやり方を通したくなってしまうもの。でも、今はこの人がメインだって思ったら、サッと一歩後ろに下がる。そして、ここだって思ったら機を見て入っていく。偉大な先輩たちはそのへんの余裕や間合いが絶妙なんですね。先輩方の背中を見て、めちゃくちゃ勉強させてもらっています!
これって笑いに限らず、人生においても若い人たちを大事にするって大切ですよね。
たけしさんからもらった大きなヒント
「あれ、今日スタッフさん女性だけ?」って日もあるくらい、カメラマンに音声、ディレクター、脚本家、映画監督においても、業界に女性の方がすごく増えてきました。
女性の進出という点では、昔の芸能界とは雲泥の差。私がテレビに出始めた頃は、女性のお笑いタレントは数えるほどしかいなかった。だけど男社会の中で揉まれてきたとはいえ、女性だからといって差別されたことも幸いなかったし、ことさらそこを意識したこともあんまりなかったな。
改めて性差について考えると、女性はメンタル面で強い方が多くても、やっぱり体力面では男性に敵わないなって思うことが多いですよね。それに相対的に男性は社会に対してのキャパシティが広い。一方で、女性は細やかだし、気遣いもある。そんな風に男性も女性も双方のいいところを生かして、面白いのが作れるのが理想だなぁ。
そうそう。5年ほど前に、ビートたけしさんと食事をさせていただいたとき、「女のお笑いには何が大事ですか?」と聞いたんです。そうしたらたけしさんが「振り子の原理」だとおっしゃったんです。
「女性であるべき」「女性だからこそ」「女性を捨てること」。この振り幅が広ければ広いほど面白くなる。
このさじ加減はとても難しいけど、たけしさんの言葉が今も大きなヒントになっているし、課題にもなっています。きっとこれも、一般社会で女性が働く上での参考になるんじゃないでしょうか。
目指すは、やっぱり生涯現役
私の人生の最大のテーマは「生涯現役」です。これはワハハ本舗を立ち上げた頃から変わらず持ち続けている目標。
舞台女優として歩み始めたものの、私には「帝国劇場に立ちたい」「明治座で公演ができるような女優になりたい」という夢はほとんどなかったんです。それよりも、生涯現役でオファーをいただきながら、皆さんに喜んでもらえるエンターテインメントを提供し続けていきたいとずっと願ってきました。
先日、くりぃむしちゅーの上田くんの番組に出させていただいときに、「そういえば、お笑いの女性でMCって今、久本さんぐらいしかいないんじゃない?」と言われたんです。くぅ〜! 嬉しいこと言ってくれるよね。でも、同時に身が引き締まりました。時代とともに求められる立ち位置は変わり、仕事自体もこれからどう展開していこうかと考える時期だったからです。
私の尊敬するたけしさんと所さんは、おふたりとも若い頃から今まで、レギュラーの仕事の本数がほぼ変わっていないそうです。ある日私は、どうしたら長寿番組が持てるのか、おふたりに尋ねたことがありました。すると、たけしさんは「お客さんに喜んでもらえることを考える視点が大事」、所さんは「お客さんを裏切る視点も大事」と答えたんです。
お互い表現方法は違っても、喜んでもらうことも裏切ることも、お客さんに楽しんでもらうことが一番! 同じことをおっしゃっていると思います。おふたりとも両方の視点をもって仕事に臨んでいらっしゃる。
こうした人生の先輩であり、芸の高みを歩いてこられたおふたりのそんな言葉を大切にしながら、この先70代になっても80代になっても、求められ続ける人でありたい。そのために、何を選び、どう楽しんでいくのか。よく考えて、質のいい時間を過ごしていきたいですね。
久本雅美
1958年7月9日生まれ。大阪府出身。劇団東京ヴォードヴィルショーを経て、'84年に演出家の喰始、柴田理恵らと劇団『WAHAHA本舗』を結成する。軽妙なトークで人気を博し、「秘密のケンミンSHOW極」「ヒルナンデス!」(ともに日本テレビ系)など数多くのバラエティ番組やドラマに出演。