PERSON

2021.10.27

【独占インタビュー】NYで認められた芸術家・松山智一が千葉で放った異彩のパブリックアート

ニューヨークを拠点にグローバルな活動を展開するアーティスト松山智一は、日本での新作発表が待ち望まれていた。その機会は意外なところからやってきた。新たな自転車トラックトーナメント「PIST6 Championship」の会場として千葉市に新設された「TIPSTAR DOME CHIBA」エントランスが、松山作品で彩られることとなったのだ。施設オープンに合わせ帰国した松山智一に、今作および創作への想いを聞いた。

「誰しも本当は、物欲よりも経験欲のほうがずっと高いはず」

ーー「TIPSTAR DOME CHIBA」は自転車競技の新トーナメントの会場となる場所。意味合いも形状も新しい試みとなる空間に作品を、というオファーには多少の戸惑いもあったのでは?
いえ、そんなことはありません。この空間はコンパクトだけど建築としての造形力が強い。やはり坂茂さんの設計の素晴らしさに感じ入りました。限られたスペースであるのに、入口から入った時に一気に開けていく感覚がある。均整の取れた空間を活かすべく一対の立体作品を置き、正面には壁画を描こうと決めました。

ここをいいエネルギーで満たしたいという一心です。パブリックな場所で制作すると、これまでアートに触れてこなかった人たちと出逢えるのがいい。そうした人にもエネルギーが伝わるかどうかが勝負だし、何かを感じて持ち帰ってくれるものだろうかとドキドキしますね。アートには場のバリューを高める力があるし、良い出会いは良い反応を生み出し、次の出会いに繋がっていきます。それはアートにおいても同じです。誰しも本当は、物欲よりも経験欲のほうがずっと高いはずなんですよ。

ーー会場の玄関を入ると、左右に2つのオブジェ、正面に壁画が出迎えてくれる。これらの設置作品はどのように構想されていったのでしょう?
設置したのは一対の立体作品と一枚の壁画のみですけど、立体は4.5メートル超で壁画は横30メートルと、存在感はなかなかのものです。

公共の場に設置する作品をつくる場合は、そこの磁場と自作のどこに親和性を見出せるかを、まずは探ります。融合できる性質を掛けあわせ、唯一無二の作品が生まれていきます。

じゃあ今回の「TIPSTAR DOME CHIBA」エントランスは、どんな場と読み取れたか。ここは人が競い合う場所ですよね。自転車競技という熾烈な闘いが、日夜繰り広げられることとなる。これをテーマから外すわけにはいかないと思いました。

闘いの現場は、盛者必衰です。10年前の、いや1年前のスターだって、あっという間にその座から転げ落ちてしまう。稀に現れるスーパースターというのは、そうした落ちてもまた這い上がるサイクルを繰り返し、タフさを見せつけ存在が神格化された人のことでしょう。

輪廻転生ではないですが、盛者必衰がループするさまを作品化したかった。それで立体作品にはそれぞれ3つの車輪を付けて、円のかたちがつながっていくさまをイメージしました。そして輪の中には異なる紋様が入っている。紋様とは強力な視覚言語で、はっきりとしたメッセージ性があります。

紋様のいちばん上は中世ヨーロッパで用いられた高貴な柄、真ん中は中国で立身出世のアイコンとなる龍の柄、下の輪の中は月桂樹の柄。誰もが自分の人生において勝者になりたいという思いを込めています。

立体作品にはヒマワリがかたどられていて、片方は花が咲き誇り、もう一方は枯れている。人生は二律背反し、自己矛盾を抱えながら進んでいきます。貪欲さも清廉さも抱えて生きるのが人間だということを象徴します。

壁画のほうは花を描いてありますが、花弁には色がついていない。絵柄全体の構成は万華鏡のように中心を持たないものになっています。不完全さや終わりのなさが、どこかで永遠性のようなものとつながればと考えました。

思えば、アーティストも激しい競争の世界ですから、ここの磁場に対する親近感はあるんですよね。

ーー自転車競技を目当てに訪れた観客に、作品のコンセプトをしっかり理解してもらいたいですか?
人は多様な価値観の中に生きていて、ある視点を強要されることほどイヤなことはないと思っています。なのでアートの見方の「押し売り」をするのだけはすまいといつも思っています。もちろん多くの人に見てもらいたいのですが、見方を限定せず自由に感じたりかかわりを持ってもらえたらいいのでは。

エントランスを通るときに一瞬でも「なぜこの花は枯れているんだろう?」とふと思ってくれたらいいし、視界に入ることなく通り過ぎてもらってもかまいません。こちらができるのは、理解へとつながる布石は細心の注意を払って置いておこう、というところまで。それが誰かの感性と響き合って、新しい思考を促すきっかけになることがあれば奇跡的だし、最高にうれしいということです。

ーーニューヨークを中心として活動領域は世界中に広がる松山さんが、日本で創作する機会は希少なもの。日本での活動に対して特別な思いはある?
アーティストのキャリアとして、日本で活動することがものすごくプラスになるというのは正直あまりないと思います。でもキャリア構築のみをただひたすら追求するわけではないですからね。

創作するうえでは、自分が日本人であることを否応なく意識させられることはあります。生存競争が厳しいニューヨークのアートシーンにいると、ギリギリのところで自分を見失わないということが重要になってくる。それは結局、自分のルーツの一つでもある日本文化や日本人としての感性です。「日本文化を武器にする」といった悠長な話じゃなくて、もっと切実に、日本人であることを意識せざるを得ないというのが本当のところですね。

ーー最先端のアートの世界で生き残ってこられたのは、「ルーツを見据える」戦略が奏功したからと言える?
それも一つの要因かもしれませんが、様々な難問をクリアしていく必要はありますよね。もうひとつ挙げるなら、ニューヨークに渡ってから今に至るまで、自分に負荷をかけ続けることはしています。自ら進んでサンドバックになるんですよ。叩かれるだけ叩かれる。するとその分、人は強くなれますから。もしも道がふたつに分かれていたら、そのつど迷わずよりハードな道を選ぶ。その積み重ねで僕は戦闘能力をここまで上げてきましたし、これからもこの方針は変えません。

今回の「TIPSTAR DOME CHIBA」は僕にとって本当に楽しいチャレンジになっています。まずはエントランスでかかわりましたが、じつはプロジェクトはもっと壮大で、外観や周囲の環境まで含めて一緒につくっていきましょうという計画が進んでいます。日本のアート、カルチャー、エンターテインメントがもっとエキサイティングなものになるよう、僕も一翼を担いたいと思っているところです。

松山智一 Tomokazu Matsuyama
1976年岐阜県出身。上智大学卒業後2002年渡米。NY Pratt Instituteを首席で卒業。現在はNYブルックリンを拠点にスタジオを構え、活動を展開している。ペインティングを中心に彫刻やインスタレーションも手がける。また大規模なパブリックアートを各国で手がけることで、世界的に知られる。これまでにニューヨーク、ワシントンD.C.、サンフランシスコ、ロサンゼルス、シカゴ等の全米主要都市、日本、ドバイ、香港、台北、ルクセンブルグなど、世界各地のギャラリー、美術館、大学施設等にて個展・展覧会を多数開催。

「PIST6 Championship」
6人の選手が1周250mのバンクを6周し、最も速くゴールした者が勝利する、新しい種目の自転車公営競技。2021年秋、現行競輪とは様々な面で異なる新しい自転車トラックトーナメントが開幕する。PIST6 Championshipには、オリンピックメダリストら国内外の有力選手が出場し、世界一の称号を賭けてトーナメント形式で戦う。会場となるのは千葉市に新設された「TIPSTAR DOME CHIBA」(千葉県千葉市中央区弁天4-1-1)。最新の音響照明設備を有し、新しいエンターテインメントを提供し、ユーザーが高齢化してしまっている競輪を、若者が楽しめるスポーツエンタメへリノベーション、そして自転車競技を「勝ち/負け」のギャンブルから「仲間と盛り上がる」スポーツベッティングへ生まれ変わらせることを指標とする。

TEXT=山内宏泰

PHOTOGRAPH=喜多孝幸

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