苦楽をともにした仲間、憧れのアートピース。椅子とは座るための単なる道具ではなく、その存在を紐解けば、人生の相棒とも呼べる存在であることがわかる。デザイナー・コシノジュンコさんが愛でる椅子と、そのストーリーとは? 「最高の仕事を生む椅子」特集はこちら!
10分間座るだけで気分が変わる
とあるビルの最上階、コシノジュンコさんが〝空中庭園〞と呼ぶ吹き抜けの横に、その椅子は置かれていた。
「仕事の合間に座ってのんびり読書したり、気持ちのいい朝は日差しの中に出して新聞を読みながら日光浴をしたり。家の中は全体的にモダンなインテリアですが、リゾート風の椅子は不思議と違和感がなく、気に入っています。10分間くらい座るだけで気分が変わるし、見ているだけでもリラックスできる気がしますね」
この椅子が自宅にやってきたのは23年前。サッカーのフランス代表ゴールキーパーだったベルナール・ラマから贈られたものだという。
「パリでショーをした時、彼にモデルになってもらったんです。その縁で彼の自宅に招待され、出合ったのがこの椅子。なんの気なしに『これ、いいわね』と言ったら、数ヵ月後に代理の方が日本までわざわざ運んでくれたんです」
小ぶりな折りたたみ椅子だが、手に持つとずっしりと重い。銘木でつくられているというが、時を経ても古びることのない丈夫さがそれを証明している。さぞかし名品なのだろうと思いきや、有名なデザイナーの手によるものではないという。ラマの出身地である南米・ギュイヤンヌ(フランス領ギアナ)でつくられた〝民芸品〞のような椅子だとか。
「この椅子が家具店で売っていても自分では買わないと思います(笑)。でも自分の思い出やストーリーと重なるから、どこかチャーミングに感じるんです。コルビュジエの椅子とかも好きですよ。でもああいう椅子は、空間で主役にしかなれない。私は、空間のバランスを大切にしたいんです。だから有名なデザイナーとかブランドとかは関係なく、空間のバランスを壊さないものを選んでいます」
自宅と仕事場が自然と一体化したような空間は、ほんのり緊張感がありながらも、人間らしい温かみも感じさせる。コシノさんは、母・小篠綾子の生涯を描いたNHK連続テレビ小説『カーネーション』でも知られるコシノ洋裁店で育った記憶が、このライフスタイルにつながっていると語る。
「店があって、家族がいて、それが当たり前の環境で育ったから、それしか知らないんです。私、就職もアルバイトもしたことないから(笑)。女性が働きながら家庭を守るには、これが一番いいんじゃないかしら」
一般的な〝自宅〞と違うのは、生活感がまったくないこと。インテリアは黒で統一され、テレビも本棚もない。シンプルでモダン。でも居心地はいい。
「インテリアは〝引き算〞が基本。ものはなるべく収納に入れて、家具は機能性、合理性で選ぶ。だから生活感がないでしょ。そのぶん時代が変わっても古い感じにならないし、絵画などを置いた時に映えるんです」
身の周りには、好きなものしか置かない。しかし「最近はそういう家具になかなか出合えない」とコシノさん。自宅にあるソファベッドやテーブル、自作の花器は、20〜30年使っている。海外にあったブティックや家から運んできたものもある。
「ブティックに置いているアルフレックスのソファは、50年くらい前に日本に初めてアルフレックスが上陸した時に買ったものです。私が最初のお客だったんじゃないかしら。当時惚れこんでちょっと無理をして買って、それ以来、何度も生地を張り替えながら使っているんです」
とことん気に入り、長く使うからこそ、自分だけのストーリーが生まれるのだろう。
JUNKO KOSHINO
大阪府岸和田市生まれ。1960年『装苑賞』を受賞し、デザイナーデビュー。以来、ファッションの枠を超えて活躍を続ける。今年5 月、日仏の友好の絆を深めたとして、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章。