アサヒビール 代表取締役社長 塩澤賢一「新たな戦略が生まれる真剣勝負の椅子」
アサヒビール本社の中でも、静寂な空気が流れる役員フロア。その一角にある重厚なドアを開けると、巨大なテーブルにずらりと並ぶのは、エグゼクティブ用チェアの代表的ブランド、ドイツ・ウィルクハーンの「Modus」だ。この経営会議室は、会長以下役員が出席する会議に使われ、その名のとおり、会社経営の運命を決める、最終決断を行う場所である。
「かつて営業戦略部長だった際、ここに座るのは、会長はじめ、経営陣にいろいろな案件を説明したり、了承を得る必要がある時。だから緊張感ばかりで、座っていても、正直早く切り上げてここから出たいなと思っていました(笑)」と笑うのは、代表取締役社長の塩澤賢一さん。2019年に社長に就任してからは、自らがすべての最終判断をする側に。
「今は担当者や出席者の意見を聞く立場なので、以前のような緊張感はなくなりましたが、逆にその決断は本当に正しいのかと、社長としての重責を感じることも。でも、自分が今決断しなければ、この案件は動き始めることはできない。明確にスピード感をもって最終判断をする、それが社長の役割だと思っています」
フルオープンの蓋を開けると、お店で飲むスーパードライの生ジョッキのような泡が楽しめる、日本初の「生ジョッキ缶」の発売もこの場で決めた。
「売れる確信はあったのですが、最後まで悩んだのが、泡のコントロール。缶の内側の塗料の凹凸によって泡が出るのですが、必要なのが適切な温度なんです。冷えすぎていると泡は出にくいですし、ぬるいと泡が吹きこぼれてしまいます。最終会議から発売までわずか4ヵ月で解決できるか……。けれど、開発スタッフの力を信じようと、予定どおりの発売を決定しました」
その結果、4月の発売と同時にあっという間に一時休売に。看板商品であるスーパードライの新機軸の誕生となった。
革新溢れる企業トップの最終決断を支える椅子
そのほかにも、一度醸造してからアルコールだけを取り除いてアルコール度数0.5%に仕上げ、徹底的に味にこだわった微アル「ビアリー」や、飲む人も飲まない人も、適切なお酒やノンアルコールドリンクをスマートに選べる飲みかたの多様性を提案する「スマートドリンキング」など、日々重要な戦略の決定がここでなされている。
「社長室の椅子はひとりゆっくり考える椅子。けれどこの椅子は、役員や社員と意見を交わし新たな戦略を生みだす、真剣勝負の椅子だと思います」
休日には自らスーパーなどで商品動向を定点観測。お客さんの反応や、ビール市場の動きを数字だけではなく肌で感じることは社長になっても忘れない。
実は缶ビールも2Lや3Lのミニ樽、ビールギフト券も、すべてアサヒビールが〝業界初〞として実現させたもの。そんな挑戦と革新の気概溢れるアサヒビールをさらに前進させるために、「最後の決断でどちらかを選ぶなら、積極的なほう、挑戦するほうを選ぶ」という塩澤社長。その決断を支え、アサヒビールの未来を生む、それがこの椅子なのだ。
KENICHI SHIOZAWA
1958年東京都生まれ。’81年慶應義塾大学卒業後、アサヒビール入社。2006年大阪支社長、’11年執行役員営業戦略部長、’13年取締役兼執行役員経営企画本部長、’14年常務取締役兼常務執行役員、’17年アサヒグループ食品取締役副社長を経て、’19年より現職。ビール酒造組合会長代表理事も務める。