PERSON

2021.08.07

経営者になって6年。中田英寿が重視するのは 「コミュニケーションとデータ」

日本酒のブロックチェーン構築や日本酒アプリ『Sakenomy』の開発などデジタル技術を活用した新しいビジネスに積極的に取り組む中田英寿さんが、三菱UFJ信託銀行がスタートした新しい情報銀行サービス「Dprime」のアンバサダーに就任。経営者としての自身の6年間を振り返った。

中田Dprime

経営は難しい

国内外を旅しながら知見を深め、人脈を広げてきた中田英寿さんがJAPAN CRAFT SAKE COMPANY(以下JCSC社)を設立したのは、2015年だった。現役時代から東ハトのCBO(チーフ・ブランディング・オフィサー)として活動するなど、それまでも独自のアイデアでビジネスシーンに刺激を与えてきた中田さんだが、自らが会社を経営するのは初めての経験。日本の伝統工芸や日本酒の国内外でのPR、流通の改革などの活動を行う会社をどのように率いてきたのか。この6年間を振り返って最初に出てきた言葉は、少し意外なものだった。

「正直、経営って難しいなというのを感じながらやってきました。普通、起業しようとする人は、会社で働いた経験があったりするものなのでしょうが、僕の場合はまったくの未経験。だから会社というものがどういうふうに動いているかがぜんぜんわからなかったんです。社員の労働環境をどう管理するのか、プロジェクトの報告をどうやってもらうのか、出張申請はどのようにやってもらい、経費はどう精算するのか。そんなこともまったく知らなかった。そういうものをまとめたマニュアルやフォーマットがあればいいなと思ったくらいです。事業を広げようと思えば、当然人も増える。そうすると新たな課題が出てくる。そういうことにひとつずつ向き合いながら、ひとつずつ解決していく。そんな6年間でした。ようやくこういう組織がいいかなというのが少しずつ見えてきた気がしますが、今はその半分くらいが実現できたという段階ですね」

会社づくり、組織づくりのために、中田さんがもっとも重視するのがコミュニケーションだという。

「サッカーでも同じですが、試合に勝つためには選手の意思が統一されていなければならない。意思、考え方がしっかりとシェアできていれば、みんな自然と連携して動けるようになると思うんです。個人のミスは、報告・連絡をきちんとして、すぐに対処できれば大きなロスにならないんです。取り返しがつかないロスが生まれるのは、コミュニケーションのミスがあったとき。逆にいえば、コミュニケーションさえしっかりしていれば、ミスとロスをなくすことができる。理想は、言語を超えたコミュニケーションが成立すること。いちいち言葉にしなくても、みんな的確なパフォーマンスができる組織。自分がなにもしなくていいような会社が理想ですが、なかなか難しいですね。特にコロナ以降は、リアルなコミュニケーションが頻繁にできない状況になり、リモートでのコミュニケーションが増えた。そのなかでどういう方法で意思を統一していくかは、大きな課題となっています」

コロナ禍で飲食業界が苦境に追い込まれる現状。日本酒業界も厳しい戦いが続いている。彼らを取引先に抱えるJCSC社は、この事態にどう立ち向かっているのだろうか。

「僕はコロナ禍で起こっているビジネス的な変化というのは、すべて予想されていたことだと思っています。5年後、10年後にこうなると言われてきたことがコロナによって駆け足でやってきた。もともとJCSCは、IT化などから縁遠かった日本酒や伝統工芸の業界が、そんな新しい時代に対応できるようにすることを目指してきました。インターネットで顧客と直接つながることができたり、ブロックチェーンで流通を管理したり。その手伝いをするのが僕たちの会社。どんな時代であっても美味しい酒、すばらしい工芸品を求めている消費者は存在します。でもこれまでは、どこでどうやって手に入れればいいかがわからなかった。インターネットで検索をしてもなかなか情報が出て来なかったり、正規の値段で購入ができなかったり、非常に難しいのが伝統産業の世界。そういう現状を変えていくことができればと思っていますし、ネットワークや技術面でもできると思えるところまでやってきました」

中田Dprime2

情報銀行サービス「Dprime」

中田さん自身が旅のなかで出会った名品を扱う「にほんものストア」や日本酒専門の「Sakenomy Shop」などのECサイトを立ち上げるなど、積極的にビジネスを展開するJCSC社。この7月には、三菱UFJ信託銀行がスタートした新しい情報銀行サービス「Dprime」のアンバサダーに中田さんが就任。「Dprime」はパーソナルデータを集約し、個人ユーザーの同意に基づき、データ利用企業へ提供。個人ユーザーはパーソナルデータ提供の対価として、企業から新しい体験の機会や自身に最適化された商品・サービスなどのギフトを受け取ることができる。JSCS社でも参入に向けて進めており、さらなる飛躍を目指している。

「この『Dprime』は、個人のプライバシーを保護しながら、企業側はパーソナルデータを活用することができるサービスです。信頼できる環境でサービスを受けることができる。今の時代、どんなスポーツでも対戦チームの情報を細かく分析してゲームプランを決めている。自分たちだけで一生懸命練習していても、相手にどんな選手がいて、どんな戦い方をしてくるかを知らなければ、勝つ確率は低くなります。ビジネスも同じ。日本酒を好きな人が、どのようなときに、どのような店で、いくらくらいの酒を買っているのかを正確に理解できれば、ビジネスとして大きな武器になる。新しいビジネスのアイデアは、そういったデータのなかに埋まっていると思っています。データを見てアイデアが生まれるし、そのアイデアをデータが補強してくれるから、思い切ったチャレンジもできる。そういう意味で『Dprime』は、大きな可能性をもったサービスだと思っています」

コロナ禍でまだまだ先行きの見えない状況ではあるが、中田さんはその先の未来を見据えている。

「コロナが収まったとしても元通りの世界に戻ることはないでしょう。この1、2年での特にITにおける進化は、そのまま残り、これからのスタンダードになると思います。でも一方でITが進めば進むほど、リアルを求める気持ちも強くなると思っています。オンラインでのコミュニケーション、オンラインでの体験は、決してリアルとイコールではない。リモートでしか会話していない人と、直接会ってみたい。オンラインで知った場所に直接行ってみたい。そういう欲求、リアルの体験の価値がより高まっていく。やっぱり美味しい酒は呑まなきゃわからないし、旅のよろこびは、その地に立つことでしか生まれない。便利で楽だからといって、それだけで満足はえられない。僕自身が誰よりもそれを感じています。ITを活用することで効率化できたら、それでうまれた時間をリアルな体験のためにつかう。そんな新しい時代の“幸せのカタチ”がうまれるのではないでしょうか」

経営者として6年。かつてフィールドを力強く走り、チームを牽引した男がこれからのビジネス界をリードしていくのかもしれない。

TEXT=川上康介

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