PERSON

2021.07.25

金沢の老舗酒蔵が挑む! 発酵“美”ジネス

約400年続く石川県・金沢の老舗酒蔵の発酵技術と秘伝の酵母。そこに革新を加え、新たな分野に挑戦する14代目の熱き想いに迫った。

福光太一郎氏

酒蔵「福光屋」の強みは、長年受け継いできた多種の酵母や発酵技術

金沢で、お茶屋の芸妓たちは白粉(おしろい)を塗る前に日本酒で肌の手入れをしていると言われていた。そこにヒントを得て、日本酒と美肌の関係に着目し、独自の研究を始めた酒蔵があった。寛永2年(1625年)創業「加賀鳶」「福正宗」「黒帯」などの銘酒で知られる、金沢で最も古い歴史と伝統を持つ酒蔵「福光屋」である。

麹やもろみ

麹やもろみにふれる蔵人たちの手が透明感を取り戻す不思議。それが福光屋の化粧品づくりの原点。

「13代目である僕の父がとにかく革新的な男なんです」

そう語るのは、14代目である専務の福光太一郎氏。13代目松太郎氏は先見の明に長けた人。酵母の開発や社員蔵人制度を導入し、次々と酒蔵の改革を進めた。その後を継ぐ太一郎氏は、大学を卒業後、アメリカや東京でビジネスを勉強し、プロモーションを学んだ。この親子ふたりがタッグを組み、老舗酒蔵発の米発酵の化粧品や食品を世に広めている。

約300種類の酵母

マイナス85度設定の酵母バンクで眠るのは約300種類の酵母。

福光屋の強みは、長年受け継いできた多種の酵母や発酵技術。社内に『醗酵研究所』を構え、日々研究をし、科学的根拠に基づいた商品開発を行っている。

「独自開発したコメ発酵液には20種類以上のアミノ酸をはじめとするさまざまな美容成分が含まれており、発酵には未知の可能性が秘められています」

日々の研究によって福光屋は、アミノ酸量を従来のコメ発酵液の2倍以上にすることにも成功。

酒蔵の命ともいえる水

酒蔵の命ともいえる水。霊峰白山の麓に降り注いだ雨や雪が地中に浸みこみ、発酵に最適な成分を溶けこませながら100年かけて福光屋の地下に到達する。水の年齢は金沢大学が分析。

霊峰白山の麓から100年をかけてたどりつく仕込み水“百年水”に恵まれ、約400年という長い年月を酒造りに注いできた酒蔵が手がける日本酒や発酵食品とともに、今後大きな柱となりそうなのが、今年の初めにコスメキッチンと共同開発したオーガニックスキンケアシリーズ『フレナバ ナチュラル アンド オーガニック』である。

「オーガニック市場を牽引するコスメキッチンに認められる化粧品をつくることも福光屋にとって大きな目標。それが今年やっとスタートを切りました」

1625年創業。

1625年創業。

人々が求める安心安全のオーガニック

福光屋が化粧品開発を始めたのは約20年前のことだった。

「現在蔵人を社員化していますが、以前は季節蔵人といって、夏は漁師や農家の人が、冬は出稼ぎで酒蔵に来ることが多かった。真っ黒に日焼けした蔵人たちが、ひと冬麹を触っていると、手がものすごく白くなるのを13代目が見て、美容成分や米発酵について調べてみようとなったわけなんです。もともと酒を造るために300種類もの酵母をマイナス85度の酵母バンクに保存していて、長年培った発酵技術もある。社内の研究所で米や酵母などの微生物の種類によって有効成分量が異なるのを見つけ、根気強く試した末に、発酵が生みだす天然の美容液であるコメ発酵液『FRS』が開発されました」

霊峰白山

霊峰白山に自生するクロモジを水蒸気蒸留法で抽出した蒸留水とオイルも大事な独自原料。©2019 EarthRing

発酵の過程として、米から分解された糖を酵母がアルコールに変える。しかし、化粧品の成分としては、アルコールを含まないほうが肌には好ましい。そういった難問をひとつひとつ手探りでクリアしていった。そして誕生したのが『アミノリセ』というスキンケアシリーズである。しかし、新規事業だからこその壁があった。

「いい商品ができたにもかかわらず、売り場がありませんでした。百貨店の化粧品売り場にも生活雑貨売り場にも入れない。大手雑貨店では、膨大な他の商品に埋もれてしまう。外部の助けを得ながら試行錯誤しました」

品質主義の酒造り

「品質主義の酒造り」を信条として、さまざまな改革をし続け、2001年には米と水だけで日本酒を醸造する純米蔵となる。

さらに太一郎氏は化粧品の次の目標に、オーガニック市場の先陣を切るコスメキッチンと組むことを目指す。その背景には視察で訪れたイギリスでの出来事があった。

「ロンドンのジャパンハウスで、有名店とあまり耳にしたことのないブランドの緑茶が並んでいました。外国人の方が選んでいて、しばらく彼女と立ち話をした後、有名店のお茶は美味しいとお伝えしたんですが、彼女はもう一方の緑茶を手に取り『私は味よりオーガニックという考え方を買いたい』と言いました。それが衝撃で。欧米では味やブランドでなく、理念を買う人がいる。やはり人が行き着く先には究極の安心安全がある。日本にもいつかこういう時代が来ると思いました」

とはいえ、オーガニック化粧品がすでに日本中に溢れるなか、どこに勝機を見込んだのか。

コメラボ 日本酒酵母エキス

従来の日本酒酵母と比べて数倍の美容効果が期待できる奇跡の酵母「FT15」の抽出エキスでつくった原液美容液。コメラボ 日本酒酵母エキス¥3,300。

伝統と最先端という二極を米発酵に託していく

「私たちはとにかく科学的根拠のあるものを、酒蔵である福光屋だけにしかつくれないものをと意識しました」

まずは100%有機栽培米使用の「有機コメ発酵液」「有機酒粕パウダー」「有機酒粕エキス」「有機酒粕オイル」、そしてエコサート認証のグリセリンで抽出した「日本酒酵母エキス」を化粧品のオリジナル原料として開発。そして誕生したのが『フレナバ ナチュラル アンド オーガニック』である。

酒蔵のグラノーラ

身体の内側からも米発酵の力を。左から酒蔵のグラノーラ¥1,080、VATEN¥432、ANP71¥324。

「オーガニック化粧品は数多くありますが、酒蔵発のスキンケアシリーズで全アイテムオーガニック認証は初。うちにしかつくれないものが完成しました」

ここから太一郎氏は、独自のプロモーションを仕かけていく。大手ほど広告費はかけられない。そこでSNSを有効活用した。

福光屋

福光屋は直営店が金沢と東京に6店舗。オンライン販売も充実。右からLip〈Junmai〉[720ml]¥3,850、加賀鳶 有機純米[720ml]¥1,628、純米本味醂 福みりん[720ml]¥968、オーガニック純米料理酒¥1,972。

「SNSで誰もが簡単に発信できるようになり、自分の目や舌で見つけたいいものを発信しようと人が動いています。誰もが本物を求め、常にアンテナを張る時代になってきた。そのおかげで小さな会社でも、誠実にいいものをつくっていれば、消費者から探しだしてもらえる時代になりました」

新規事業である化粧品を熱く語る太一郎氏だが、もちろん日本酒に対しても熱い想いがある。

50年長期熟成純米酒

1959年から長期熟成酒の研究開発に着手。「超プレミアムな日本酒を造りたい」と、福光屋に現存する最も古い50年長期熟成純米酒を限定100本、紹介制で販売。世界最古級の純米酒は、樹齢50年のヒノキの木箱、内張は金箔、加賀二俣和紙、加賀水引など、梱包も金沢の美意識にこだわった。「百々登勢1970」¥1,100,000。

「ヴィンテージワインには高値がつくのに、日本酒にはそれがない。まじめに手間をかけて造る日本酒の価値をもっと高めたいと常々考えていました。福光屋では先代から長期熟成酒の研究を続けています。昨年、福光屋に現存する最古の酒が50年を迎え、樽から出したら素晴らしい出来だった。そこで50年の長期熟成純米酒を限定100本、100万円で販売することにしたのです。箱の内側に施した金沢箔をはじめ、金沢・石川の最高級意匠の装飾を施して価格にふさわしいものに仕上げました」

伝統と最先端という二極を米の発酵に託す福光屋。

古酒が眠る樽

古酒が眠る樽。

「日本酒の裾野を広げながら、健康に寄与する科学的根拠のある発酵食品にもっと挑戦していきたい。発酵は漢方薬的なイメージなんです。即効性でなく、じわじわと体質改善に寄与するもの。発酵のメカニズムはいまだ9割解明されていません。発酵はいずれ医療の分野でも広く活用される無限の可能性があるのではないか。僕はそう信じています」

 

米発酵技術が生みだすオーガニックコスメ「フレナバ」

フレナバ

クレンジングクリーム(右から)
軽い感触で肌にのび、汚れを浮かせる。[120g] ¥4,180

バランシングローション
クロモジの蒸留水に保湿成分を配合し、肌にたっぷりのうるおいを。[100ml] ¥4,840

バランシングセラム
とろみのある美容液を肌にのばすと、キメを整え、ハリを与える。[30ml] ¥5,940

エモリエントオイル
ひと晩で肌を生き生きさせる有機酒粕オイル配合ながら、さらりと使える。[25ml] ¥6,600

 

福光太一郎氏

福光太一郎
福光屋 専務取締役。1978年、福光屋の14代目として石川県・金沢に生まれる。大学卒業後、ニューヨークへ。帰国後は東京にて不動産開発会社に入社。2010年福光屋に入社し、’12年より現職。

TEXT=今井 恵

PHOTOGRAPH=鈴木規仁

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