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2021.05.22

日本酒屋がブルゴーニュでワイン造り! 九平治が挑む醸造酒の進化

世界の三つ星店のワインリストに名を連ねる日本酒「醸し人九平次」を展開する傍ら、ブルゴーニュでゼロからワイン造りに挑む。一見かけ離れて見えるこの試みの先にあるのは、“醸造酒”における化学反応だった。

久野氏が所有する田んぼのひとつ「門柳

兵庫県西脇市黒田庄で久野氏が所有する田んぼのひとつ「門柳(もんりゅう)」。標高400メートル。冷たい山の水が田を潤し、稲が健やかに成長する環境だ。

ブルゴーニュと日本に畑を持つ超異端児

兵庫県のほぼ中央に位置する西脇市黒田庄。ここは豊臣秀吉の軍師として活躍した黒田官兵衛ゆかりの地とされ、酒米の王様、山田錦の産地としても知られる。

田植え前の田んぼに立ち、時折、しゃがみこんでは土を手に取る男がひとり。彼の名は久野九平治。1647年(正保4年)から続く名古屋の造り酒屋、萬乗醸造(ばんじょうじょうぞう)の十五代目当主である。そしてまた同時に、銘醸ワイン産地として名高いフランス・ブルゴーニュ地方のブドウ畑オーナー。2016年から彼の地でワインを造り始め、昨年、初リリースしたワインがひそかな話題を呼んでいる。久野氏にとって、日本酒もワインも同じベクトル上にある。

黒田庄の新しい醸造施設に掲げられたロゴ

黒田庄の新しい醸造施設に掲げられたロゴ。日本酒の国際化を意識しローマ字表記に。

「この田んぼの土壌は砂質です。山田錦の栽培には保水性があり、マグネシウムやリンといった養分の保持力が高い粘土質が好まれますが、砂は反対に肥料抜けがいい。余分なタンパク質やアミノ酸は日本酒に雑味をもたらすので、僕が目指すエレガントな日本酒には、このテロワールの山田錦が合っているんですよ」

テロワール。土壌や気候など、その土地の自然条件を総合したこの単語は、フランス人が自国の誇るワインを語る際に好んで用いる言葉だ。

ドメーヌ・クヘイジの「ブルゴーニュ・ルージュ2017」

ブルゴーニュ進出から7年を経て、ようやく初リリースされたドメーヌ・クヘイジの「ブルゴーニュ・ルージュ2017」。

日本酒の世界では今もなお、コメは稲作農家が育て、酒蔵はそのコメを買って酒を仕込む分業が当たり前。コメは穀物だから移動も容易で、必ずしもコメの産地に酒蔵がある必要はなく、蔵元が田んぼの気候や土壌に関心を持つことも少ない。だからこれまで、ワインでは常識的に語られるテロワールという概念が、日本酒には存在しなかった。

しかし久野氏は違う。この黒田庄で’10年から稲作に挑戦。そのコメを原料に日本酒を醸造している。ブルゴーニュにはブドウ栽培からワイン醸造まで一貫して行うドメーヌと、買いブドウからワインを造るネゴシアンというふたつの生産形態がある。久野氏は日本酒の世界ではまだ珍しい、酒造りのドメーヌを目指す。テロワールに敏感になるのも当然といえよう。

黒田庄・門柳の田んぼの土

黒田庄・門柳の田んぼの土を見る久野氏。ここは砂地のため過度な肥料分が流れ、米を肥満にさせない。

ではなぜ、彼はコメ作りまで手がけるにいたったのか。それは今から15年ほど前の出来事が発端だった。

ワインのブドウと同じく日本酒もコメ作りから

日本人の日本酒離れに危機感を抱いた久野氏は、新たなマーケットを海外に求めた。

「客を装ってレストランを訪ね、食事を終えたところで、持ちこんだ酒をソムリエに試してもらうゲリラ作戦を始めました。特に食文化の発達したフランスは日本酒に興味津々。ピエール・ガニェール、ギィ・サヴォワ、ヤニック・アレノなど、ミシュランの星つきレストランとの取り引きが始まりました」

黒田庄の醸造施設は、農機具棟、精米棟、醸造棟と建屋がそれぞれ分かれている

黒田庄の醸造施設は、農機具棟、精米棟、醸造棟と建屋がそれぞれ分かれている。納豆菌等による醸し中の汚染防止対策に加え、棟と棟の間の木立のなかに遊歩道を造り、ビジターが順に見学できるようにする構想。

しかし、名だたるシェフやソムリエと接するなかで、彼らが発するひとつの質問がいつも久野氏を悩ませた。それは原料のコメの出自に関する問いだ。

ワインの試飲においてプロが真っ先に気にするのは、原料のブドウがどのようなテロワールで栽培されているか。もちろん、取引先の農家からコメの情報はもらっているので受け答えはできる。がしかし、そうしたまた聞きの話でお茶を濁すたび、喉に刺さった魚の小骨のように引っかかるものがあった。

田んぼで働く若手スタッフ

田んぼで働く若手スタッフ。左から小林徳治、杉浦友亮、八木謙伍の3氏。

当時を振り返り、「常に後ろめたさを感じていました」と久野氏は言う。そして始めたのがコメ作り。1ヘクタールの借地から始め、現在は5ヘクタールの田んぼを所有。さらに12ヘクタールを借りている。

「三つ星シェフのヤニック・アレノが『ル・ムーリス』時代に黒田庄まで来てくれたことがあります。彼もこうして土を手に取り、匂いを嗅いだんですよ。この男、土を食べてしまいやしないかと心配になりました(笑)」

本格始動に向けて準備が進む醸造棟

本格始動に向けて準備が進む醸造棟。「田んぼの理解を深めたい」という久野氏の想いが反映された施設だ。

コメ作りを始めると、その年の天候によって日本酒の風味が変わることもわかってきた。猛暑の年は米が硬くなり、酒はスレンダーで鋭角な味わいになる。一方、涼しい年は米が柔らかく、ふくらみがありボリューム感を持った酒ができるという。

「ワイン同様、日本酒にもヴィンテージがあるんです」

日本酒のオーク樽熟成が試みられている

名古屋の酒蔵では、ブルゴーニュでのワイン造りの経験を生かし、日本酒のオーク樽熟成が試みられている。納得のいく熟成にはまだ至らず、瓶詰めを待っている。

コメ作りが軌道に乗ると、久野氏は黒田庄にも醸造拠点を持つことを計画。これまで名古屋までコメを運んで酒にしていたが、自社栽培のコメは収穫されたその土地で醸造すると決めた。

「これで堂々と、ドメーヌであると名乗ることができます」

造り酒屋「萬乗醸造」

名古屋に350年以上も続く老舗の造り酒屋「萬乗醸造」。

3年前から工事が始まり、今もビジター棟が建設中の醸造施設はモダンかつクリーン。酒造りにはサニテーションが最も重要という久野氏らしいコンセプトが貫かれている。一方、名古屋の酒蔵でも使われている杉材の蒸し器をここにも導入するなど、日本酒の品質に対するこだわりにはいささかのぶれもない。

リアルさを追い求めてワインの聖地、ブルゴーニュに進出

日本酒造りを極めた久野氏は、冒頭述べたようにブルゴーニュにもブドウ畑と醸造所を所有し、ワインを造っている。その動機もフランスのシェフやソムリエと接するなかで芽生えたものだ。

「彼らと話していると、世界的な醸造酒の基軸はやはりワインなんです。それで彼らと対等に話すには、自分でワインも造ってみなくてはと思いました」

黒田庄の精米棟のルーフトップから

黒田庄の精米棟のルーフトップから。パンデミック前は、久野氏もブルゴーニュへ頻繁に足を運んでいたという。

コメ作りに着手した時と同様、書物に書かれた内容や人からの伝聞ではない、“リアルさ”を求めたがゆえのワインの聖地進出。このような場合、最も手っ取り早いのはすでにあるドメーヌをM&Aで手に入れてしまうことだ。そうすればブドウ畑も醸造施設も一気に揃い、その年からワイン造りが可能になる。ところが久野氏はまったく異なるプロセスを選んだ。彼のもとで15年にわたり日本酒造りに携わってきた腹心の伊藤啓孝(ひろたか)氏をブルゴーニュに送りこみ、醸造所の設置とブドウ畑の入手を下命。ワイン造りの経験は皆無、フランス語も話せない伊藤氏は、語学学校でフランス語を学ぶことから始めたという。

「人が作りあげたものの上に乗っかっては、ブランドになり得ません。だからどうしてもゼロから始めたかった」と久野氏。

「ドメーヌ・クヘイジ」

ブルゴーニュにある「ドメーヌ・クヘイジ」。

伊藤氏がフランスに渡ったのは’13年。モレ・サン・ドニ村の特級クロ・ド・タールの目の前に物件を見つけて改修し、初めて買いブドウからワインを仕こむまで3年を要した。ブドウ畑を手に入れたのは翌’17年。ピノ・ノワールとガメイ、それにアリゴテが植わる2.5ヘクタールの区画である。

「ワイン造りも日本酒造りも基本は同じです。蔵の設計で決まる。発酵タンクや圧搾機など舞台装置が揃ったら、酵母という主役にどう演じさせるか。その演出を考えるのが、醸造家の仕事ですね」と苦節7年、最初のワインをリリースし終えた伊藤氏が語る。

醸造家の伊藤啓孝氏

現地で指揮を執るのは醸造家の伊藤啓孝氏。

「ワイン醸造の経験が日本酒造りに生かされることもあるでしょう。テロワールやヴィンテージについて消費者の間でごく普通に語られる日が来た時、日本酒の評価軸はガラッと変わる。一方、ワインの世界にも、日本酒造りの職人として何か影響を残せれば大成功です」と久野氏。

異なる文化から生まれても、ワインと日本酒はともに醸造酒。双方向でシナジーが生まれ、醸造酒の世界にどのような進化がもたらされるのか。久野九平治の挑戦に終わりはない。

モレ・サン・ドニ村のブドウ畑

久野氏が2017年に入手したモレ・サン・ドニ村のブドウ畑には、ピノ・ノワール、ガメイ、アリゴテが植わる。収穫はもちろん手摘みだ。

 

DOMAINE KUHEIJI WINE LINEUP

DOMAINE KUHEIJI WINE

KUHEIJI BLANC 2017(左から)
ドメーヌもののブルゴーニュ・アリゴテ。アリゴテとしては珍しくオーク樽による発酵、熟成、しかも贅沢なことに、新樽を50%も使っている。

KUHEIJI ROUGE 2017
アペラシオン(産地呼称)はコトー・ブルギニョン。自社畑のドメーヌもので、ピノ・ノワールにガメイが30~40%ブレンドされている。

BOURGOGNE ROUGE 2017
原料は、2016年に収穫した自社畑のピノ・ノワール100%。収量を落とすことで、凝縮した赤い果実のフレーバーが口いっぱいに広がる。

GEVREY-CHAMBERTIN 2017
この中で唯一のネゴシアンもの。つまり、原料は買いブドウである。標高が高く、冷たい風の吹く、コンブ・ラヴォー付近の村名区画より。

 

The Story of DOMAINE KUHEIJI

2006年 日本酒を広めるべくフランスでの啓蒙活動と販売を開始。

2013年 ワイン造りを目指し、伊藤啓孝氏が渡仏。語学学校へ入学。

2015年 モレ・サン・ドニ村に醸造所を取得。

2016年 ワインを初醸造。

2017年 モレ・サン・ドニ村に2.5haの自社畑を取得。

2018年 自社畑以外に、グラン・クリュを含むキュヴェを醸造。

2020年 「ドメーヌ・クヘイジ」ワインを日本初リリース。

 

Kuheiji Kuno

Kuheiji Kuno
1965年愛知県生まれ。一旦演劇の世界に入るが、父の病気をきっかけに家業の萬乗醸造を継承。職人的な造りにこだわり、新ブランド「醸し人九平次」を立ち上げた。

 

商品の問い合わせは「萬乗醸造」のウェブサイト

TEXT=柳 忠之

PHOTOGRAPH=後藤武浩

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