本連載「コロナ禍のアスリート」では、まだまだ先行きが見えないなかで、東京五輪メダルを目指すアスリートの思考や、大会開催に向けての舞台裏を追う。
代表選考会で日本記録更新!
競泳の花形種目の自由形で金メダルに手が届きそうな選手がいる。東京五輪日本代表選考会として、東京アクアアティクスセンターで開催されている日本選手権の男子200m自由形決勝で松元克央(24=セントラルスポーツ)が自身の保持する日本記録を0秒48更新する1分44秒65で優勝し、自身初の五輪出場権を獲得した。
2016年リオデジャネイロ五輪の優勝タイムと同じ記録で、'19年世界選手権の優勝タイムを0秒28上回る。世界選手権では1着でフィニッシュしたラプシス(リトアニア)がフライングで失格しているが、その幻のタイムよりも0秒04速い。松元は「44秒台を出せてうれしい。五輪の金メダルに向けて順調にきている」と手応えを口にした。
決勝レース直前の招集所では五輪延期が決まった1年前を思い出していた。当時も代表選考会で1分44秒台を出す自信があっただけに、ショックは大きかった。モチベーションをつなぎ止めるため、この1年は「1年前の自分に勝つ」をテーマに設定。ノートに書き留めていた1年前のタイムを上回ることに集中した。「1年前の自分に負けなければ確実に1分44秒台は出せる」と、五輪の開催可否が不透明な状況が続く中、厳しい練習に耐えてきた。
レースの度に多彩な「〇〇カツオ」を披露
名前の読みは「かつひろ」だが、愛称はカツオ。両親からも冗談交じりでカツオと呼ばれることがある。'19年世界選手権で銀メダルを獲得後に「東京五輪では"頂点ガツオ"になりたい」と宣言。その後は事あるごとに報道陣から「今日は何ガツオ?」と質問されるのが恒例となっている。
過酷な海外合宿への出発前には「追い込んでくるので"追いガツオ"」。進化を示したレース後には「進化ツオ」。日本新記録を更新すると「新カツオ」。日本選手権を3連覇して「3連ガツオ」。疲労でタイムが低迷すると「バテガツオ」。多彩な〇〇カツオを繰り出している。本人いわく「事前に考えることはなく、即興です」。毎度の問いにも嫌な顔ひとつせずに応じる人柄も魅力だ。
'17年夏から鈴木陽二コーチ(71)に師事。1988年ソウル五輪男子100m背泳ぎ金メダリストの鈴木大地氏を育てた名伯楽で、過酷な練習を課すことで知られる。松元は初めての練習でメニューを見た時に「きつすぎる。できるわけない」と絶句。タイムやストローク数など設定通り消化できない日々が続いた。それでも記録は着実に伸び「鈴木先生のメニューに耐えれば五輪でメダルを獲れる」と実感。2019年世界選手権で銀メダルを獲得したことで確信に変わった。
五輪の自由形で金メダルを獲った日本人は過去に4人。女子は'04年アテネ五輪の800mの柴田亜衣しかいない。男子は3人いるが、1936年ベルリン五輪1500mの寺田登が最後で、松元が東京五輪で金メダルを手にすれば85年ぶりの快挙となる。200mに限れば、過去に日本勢がメダルを獲得したことはない。
日本代表の平井伯昌ヘッドコーチ(57)は「近年の金メダルは自由形以外が多い。外国からそう見られているところが若干ある。自由形で金が狙えるとなると本当に強い競泳ニッポンと誇れる」と期待を寄せる。
鈴木コーチは「1分44秒台が出て、ようやく金メダルの土俵に上がれた。金メダルをとれる素材だと思っている」とした上で「150mまではいいペースだったが、まだラストスパートが不十分。最後の50mを26秒台前半でこないと差される可能性がある」と指摘した。1分17秒77でターンした150mまでは理想の泳ぎ。26秒88を要した最後の50mを26秒台前半に上げることが、夏までの課題となる。
松元は「ラストは体が動かなかった。ここからタイムを上げないと、きっと金メダルは獲れない。このレベルで満足せずに、まだまだ強化していきたい。ここから死ぬ気で頑張る」と覚悟を口にした。鰹は生きている間は止まることなく泳ぎ続けることで知られる。松元もTOKYOで金を手にする日まで止まるつもりはない。