PERSON

2021.01.02

阿部勇樹、中村憲剛引退表明で思ったこと

阿部勇樹は輝かしい経歴の持ち主だが、自らは「僕は特別なものを持った選手じゃないから」と語る。だからこそ、「指揮官やチームメイトをはじめとした人々との出会いが貴重だった」と。誰と出会ったかということ以上に、その出会いにより、何を学び、どのような糧を得られたのか? それがキャリアを左右する。水上主務編最終回。【阿部勇樹 〜一期一会、僕を形作った人たち~32】

練習場へ自転車で行く回数が増えている

練習の前後にボールを蹴るとき、僕の相手をしてくれたのが、当時主務だった水上裕文さんだった。今はフットボール本部強化担当へ異動したので、練習時のグラウンドに水上さんはいない。20数年間もトップチームに帯同してきたから、水上さん不在の違和感はしばらく消えなかった。

僕は水上さんと話すのが好きで、よく話をした。

移動中の空港でお茶をした時間も相当長い。「水さん、行きましょう!」といつも僕が誘った。また、僕が少し不安や迷いを抱えて、行き詰まったような状況のとき、ご飯に誘ってくれたのも水上さんだった。それとなく、話を聞いてくれ、相談にも乗ってくれた。

ジェフ千葉時代の若かった僕は、スタッフと話す機会は少なかった。水上さんの人柄もあるだろうし、年齢を重ねた僕の変化もあるだろうけれど、水上さんは兄貴のような存在で、歳の離れた友人だと思っている。

水上さんから、浦和レッズの歴史の話もよく聞いた。所属した歴代の選手のことや監督、チームの状況などを知るなかで、僕自身もレッズの一員としての覚悟を身につけたと思う。

Jリーグは選手の入れ替わりがあって当然の世界だが、水上さんの存在が、浦和レッズらしさをつないでくれたはずだ。

いつもレッズを愛し、僕らに力を注いでくれるサポーターの話もそのひとつだ。だからというわけではないけれど、僕が試合後、サポーターのもとへ行き、言葉を発することがある。

2015年開幕から連敗したとき、不甲斐ない僕らに対し、スタンドからブーイングが飛んだ。それは当然のことだと思えた。ブーイングはサポーターが僕らと一緒に戦っている証。僕らが勝てなかったことで、チームとサポーターがバラバラになることだけは避けたかった。だから、「まずは、ひとつ勝とう。俺たちも全力で戦うから、一緒に戦っていこう」と僕から話した。敗戦からも逃げずに向き合い、次は勝つという覚悟を改めて強く持った。

僕がスタンドの近くへ行って話すことで、運営のスタッフをはじめチームに迷惑がかかる可能性はわかっているけれど、「今ここで言わないとダメだ」という僕の気持ちをここで止められないときに行かせてもらっている。

たとえ、口汚くののしられるようなことがあっても、それに対して、文句を言いたいわけじゃない。スタンドから見ている人の想いというのは素直だと思っている。それを受け入れて、背負いながら僕らは戦っていかなくちゃいけない。本来なら見ている人に伝わるプレーをすべきだ。でもそれが伝わっていないから、ブーイングも起きるんだろう。だったら、僕らも意思表示しなくちゃいけない。

「一緒に戦っていこう」「ひとつになっていこう」

僕が言いたいのは、それがすべてだ。

2007年AFCアジアチャンピオンズリーグ
2015年Jリーグファーストステージ
2016年Jリーグセカンドステージ
2016年ルヴァンカップ
2017年AFCアジアチャンピオンズリーグ
2018年天皇杯

優勝が決まった瞬間、まず思うのはサポーターがどんな顔で喜んでいるのかということ。だから、僕の視線はすぐスタンドへ向く。歓喜に沸くスタジアムの風景を味わいたいから。そのあと、チームメイトやスタッフと喜びを分かち合い、最後に水上さんのところへ行く。ふたりで抱き合いながら、優勝の喜びをしみじみと確かめ合う。いろいろなことを乗り越えてつかんだタイトル。言葉もなく、ただ涙が流れた。

39歳の誕生日に水上さんと興梠慎三(こうろき・しんぞう)から自転車をプレゼントしてもらった。移籍した2007年に購入した自転車を買い替えようと思っていたときだったので、グッドタイミングだった。練習場へは自転車で行く回数が増えている。これから先、どれくらいそれが続くのだろうか?

11月1日、川崎フロンターレの中村憲剛さんが今季限りの引退を表明された。復帰までに数カ月を要する大きな怪我から復帰して、40歳の誕生日にバースデーゴールを決めた翌日の発表にはもちろん驚いた。怪我を克服し、しっかりとしたプレーをみんなに示したいという想いのもと、戦ってきたのだと考えると、憲ちゃんは本当に強い人だ。また、35歳で引退を考えていたこと。そして、40歳で引退することと怪我をする前から決めていたことを知り、共感を抱いた。

ただ、僕の場合は少し違う。

35歳まではプレーしていたい。35歳を過ぎてからは、40歳までは現役を続けたい。

それが僕の目標になってきた。その先のことはまだ何も考えていない。それよりも40歳になる来シーズンにつながるように、今を大事にしたいと思う。

レッズの一員として大勢のファン・サポーターの前で試合をしたいし、試合に出るため、全力で浦和レッズのために戦いたい。

僕らがサッカーに集中できる環境を作ってくれるスタッフの人たちに感謝をしながら、彼らのレッズ愛を背負っている責任とともに。

TEXT=寺野典子

PHOTOGRAPH=Getty Images

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