PERSON

2020.12.20

小山薫堂「アイデアを熟成させる京都の家」【隠れ家特集】

放送作家、脚本家でありながら、京都芸術大学副学長を務め、熊本県や京都府の地方創生にも携わっている小山薫堂氏。そんな京都に馴染み深い小山氏が別邸として選んだのは築90年の古民家だった。

小山薫堂氏

湯道や茶道など文化を育む拠点になったらいい

「秋が深くなり、お庭の橋のたもとに、1本ススキが揺れていました」。

そんなメモが、この小山薫堂氏の京都別邸の玄関に束になって置かれていた。主(あるじ)の不在時に庭の整備を任されていた方が、ドアに挟んでおいたメッセージだ。そのメモを1枚1枚眺めながら、自分がいない間も、その場所に流れた雅な時間を想像する。

京都の一澤信三郎帆布で特注した照明。

京都の一澤信三郎帆布で特注した照明。

京都は小山氏にとって若い頃からの憧れの地だった。わざわざ京都のバーに行き、ボトルをキープすることで「京都が自分の街になったような気がし高揚した」。現在は京都芸術大学の副学長を務め、料亭『下鴨茶寮』も経営、また、京都市の観光産業にも関わり、「そろそろ京都に根を下ろしたい」と2015年にこの別邸の購入に踏み切った。

ここには、下鴨茶寮のスタッフを労ったり、客人をもてなすために訪れているという。

別棟にある湯室

別棟にある湯室。川を眺めながら、火照った身体を冷ます広々としたスペースも用意されている。

「庭の川に鮎を放流、摑み取りをして食べたり、夏には庭にホタルが来るので、それを眺める。秋には紅葉も美しく、大切なゲストとともに季節ごとに楽しんでいます」

昭和2年に建てられたという古民家を建築家・魚谷繁礼(うおや・しげのり)氏がリノベーションを担当し、1年半かけて完成。庭を流れる川は天然の川を引きこんだもので、約90年前、最初にこの家に暮らした人物もまた相当に風流な趣味を持っていたことがわかる。

馬をかたどった釘隠し。

以前の住人がつけたという、馬をかたどった釘隠し。

この川を縁側から見下ろせる母屋は、美しく磨かれているが、居間はほぼ、昔のままの形を保っている。そしてそこに置く家具は、最小限に絞っているのだという。

「たくさんのモノを持つのではなく、好きなモノを少しだけ所有するということが贅沢だと気がつきました。家のことを考えながらインテリアを“精査し、選び抜く”作業を行うというのも、またいい時間です」

光が入る廊下からも庭を見渡す。

光が入る廊下からも庭を見渡す。

こだわりの審査を勝ち抜き、床の間に飾られている絵画は、若手アーティスト香月美菜氏の作品。たまたまアートフェアで見つけ、気に入って購入したが、偶然にも小山氏が副学長をつとめる京都芸術大学の大学院修了生だったこともあり、縁を感じたのだという。歴史を持つ和の世界でありながら、部屋がどこかモダンな雰囲気になっているひとつの理由がこの作品だろう。離れにあるのは、小山氏の代で新たに作った茶室。訪れた客人はまずは、この茶室で茶を嗜み、それから母屋に招かれることが多いという。別棟には湯室もあり、小山氏が提唱する、入浴をひとつの芸術とする「湯道」も感じることができる。

「ここへは、和の感性を磨きに来ているんです。湯道や茶道についてここでアイデアをめぐらせ、お客様に体験していただき、文化を育む拠点になったらいい」

茶室の入り口。

茶室の入り口。茶室を担当したのは「三角屋」の朝比奈秀雄親方。

最近は客を招くことはできないが、ひとりで訪れては縁側で一献やりながら庭を眺める。

「ここでは仕事をする、というよりは、物思いにふけります。そうすることで、アイデアの種が生まれるんです」

茶室からは緑と川を望むことができる。

以前から、場所を問わずに四六時中仕事に邁進してきた小山氏。パンデミック以後、京都の家に限らず、家での過ごし方が、変化しているという。

「例えるなら25mのプールをクロールで息継ぎせずに必死で泳いでいたような状態。しかし今は時間を噛みしめることができるようになり、ゆっくり息継ぎをしながら平泳ぎで泳いでいるような、そんな感覚です」

現代アーティスト品川亮氏の作品が母屋を飾る。

現代アーティスト品川亮氏の作品が母屋を飾る。

小山氏にとって、コロナ以前だろうと以後だろうと、慌ただしい毎日であることは変わらない。しかしながら、この別邸で過ごす時間が、新たな作品を生みだすきっかけとなった。

「6月にここを訪れた時、映画を1本書きあげました。生みだした種を熟成させることも、この京都の家ではできるんです」

 

小山薫堂がアイデアを熟成させる京都の家

奥の離れが茶室。茶室と庭は数寄屋建築の匠集団「三角屋」の作。庭は穴生衆(あのうしゅう)の柿阪大介氏が手掛けた。

所在地:京都府
敷地面積≒非公開
延べ床面積≒非公開
設計者:魚谷繁礼建築研究所
構造:木造

庭には蛍だけではなく、鹿が訪れることもある。

Kundo Koyama
1964年熊本県生まれ。脚本を担当した映画『おくりびと』は第81回米アカデミー賞外国語映画部門賞を獲得。京都芸術大学副学長。熊本県や京都府の地方創生にも携わっている。

TEXT=安井桃子

PHOTOGRAPH=鞍留清隆、笹倉洋平、坂下智広

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