PERSON

2020.12.05

【阿部勇樹】ミシャが僕らに示してくれた大事なこと

阿部勇樹は輝かしい経歴の持ち主だが、自らは「僕は特別なものを持った選手じゃないから」と語る。だからこそ、「指揮官やチームメイトをはじめとした人々との出会いが貴重だった」と。誰と出会ったかということ以上に、その出会いにより、何を学び、どのような糧を得られたのか? それがキャリアを左右する。ミハイロ・ペトロヴィッチ編最終回。【阿部勇樹 〜一期一会、僕を形作った人たち~28】

阿部勇樹

この感情がなくなった時、きっと現役を引退できるのかもしれない

2012年シーズン。浦和レッズに加入した僕は、監督に就任したばかりのミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ)から、キャプテンに指名された。

前シーズン、残留争いに巻き込まれるほど、成績が悪化したレッズ。僕はみんなが同じ方向を見ているかという部分が足りないなという印象を抱いていた。だからといって、「みんなでまとまろう」と声をあげたりはしなかった。そんな言葉でどうにかできるのであれば、誰かがやっているはずだから。

大切なのは、みんながチームのために戦えるかということ。

選手生命は短いし、それぞれのキャリアが大事なのも当然。自分のためにという気持ちがあるのは普通のことだろう。

だけど、チームのために走って戦うという気持ちがないといけない。それはサッカーが変わろうと、チームが変わろうと、選手が代ろうと、関係ない。選手として最も重要な姿勢だと思う。

そういう想いが選手を成長させるし、選手の評価にも繋がる。たとえ、試合に出られなかったとしても、誰が見ているかわからないし、いつ出場機会が訪れるかもわからない。だからどんな状況であっても、どんな立場であっても、しっかりと準備することがすべての基本だ。「チームのために」という想いを抱ける雰囲気を作るのは、選手一人ひとりの意識だろう。それを教えてくれたのが、僕がともに戦ってきたチームメイトたちだった。

チームメイトに厳しい要求をし続け、それ以上に自分をさらに追い込んでいく仲間の存在は心強く、同時に「僕も」と引っ張られていった。

たとえ、自分が憎まれ役になったとしても、チームがひとつになるきっかけ作りができればいい。

一体感が皆無なわけじゃない。ただその輪が小さいに違いない。だから、立場によって異なる選手の温度差もわからなくなるほど、大きなものにしていきたい。

そして、何かを成し遂げて、みんなで喜べるのであれば、最高だ。それが新しい浦和レッズの歴史になるんだと思えば、楽しみでしかない。

ジェフ千葉時代にもキャプテンを務めていたが、若かった当時に比べると、30代になった僕には周りを見る余裕が生まれていた。ジェフ時代は自分のことだけで精一杯だったことは否めないから。

練習前後に、チームメイトたちとグラウンドをランニングする際、僕はいつも一番後ろを走っていた。ジョギングくらいのペースでゆっくりとしたスピードだから、談笑している選手もいる。コンディションを確かめるように淡々と走っている選手もいる。20名あまりの選手たちの様子はさまざまで、それを後ろから眺めているのが好きだった。

週末の試合の結果や内容によって、空気の重さが変わる。チームの雰囲気の良し悪しが一目瞭然だった。まさにチームは生き物だというのを実感できた。そりゃそうだろう。チームを作っている選手一人ひとりに想いがあるわけだから。

「あいつ、昨日も下を向いていたよな。元気ないなぁ」

気にかかる選手がいれば、数日様子を見て、変わらないなと感じると、声をかけることもあった。「どうした?」というふうにたずねることもあれば、ただ雑談をするだけというケースもある。それはケースバイケースというか、選手の性格なども考えた。キャプテンとしてすべきことというよりも、年長者としての行動だと思う。

僕がそうであったように、若い選手はベテラン選手をよく見ているものだ。同時にいろいろ話したいと考える選手も少なくないだろう。話しやすい空気を作ってくれる先輩の存在をありがたいと思った経験があるから、僕も自然とそうしているのだと思う。

ミシャのサッカーを体現するなかで、選手は自信をつけて、チームに一体感が生まれていることを実感できた。タイトル獲得に至らない不甲斐なさはあったけれど、毎シーズンタイトル争いができるまでに成長できたという手ごたえを得ていた。キャプテンとしての僕自身が、何かをもたらせたのかはわからないけれど……。

2017年11月25日。僕ら浦和レッズは、10年ぶりにAFCアジアチャンピオンズリーグで優勝を飾った。決勝セカンドレグ埼玉スタジアムを真っ赤に染めてくれたファン・サポーターの方々の笑顔が本当にうれしかった。

すでにミシャはチームを去っていたけれど、このタイトルはミシャが培った「同じ方向を向く」というクラブの意識改革の成果だと思う。

ミシャが率いるレッズで、キャプテンとして過ごした時間もまた僕にとって、学びの時間だった。

「チームのために走っているか?」

勝ったり負けたり、うまくいったり、いかなかったり。いろいろなことがあるけれど、僕たちが見失ってはいけない。ゴールを決めたい、勝利を手にしたい、成功したいという欲も大事なことだけど、まずやるべきことは「チームのために戦う」という単純なことだ。単純だからこそ、忘れがちになるのかもしれないけれど。

浦和への移籍を決めた時、「これから何年サッカーができるのだろう」と思っていた。決して長くはないだろうという覚悟もあった。けれど、あれから8年が過ぎて、僕はまだ現役だ。「チームのために走りたい」と欲があり、クラブにもファン・サポーターにも、そして新たな挑戦をさせてくれたミシャにも何も返せていないと、今なお悔しさがある。この感情がなくなった時、きっと現役を引退できるのかもしれない。
 
いろいろな監督のもとでプレーし、それぞれから刺激を受けた。オシムさんであれ、ミシャであれ、素晴らしい指導者の存在が選手にとって、いかに大切なのかを身をもって体験できた。オシムさんのサッカーが好きで、またオシムさんとサッカーがやりたいと思っていても、僕が監督になった時、同じことはできないだろう。ミシャのような立ち振る舞いだってできるわけじゃない。誰かの真似は正直できないと思う。

こんなふうにやっていくんだなというのを理解していても、自分ではまた別の方法を選択するだろうし、しなければならないと思う。自分で僕なりの答えを出さないといけない。

それは現役であっても、引退しても同じだ。自分は自分だから。そこは自分なりに考えていくことが大事だ。

それこそが、ミシャやオシムさんが僕らに示してくれた大事なことのひとつなんだろう。

TEXT=寺野典子

PHOTOGRAPH=Getty Images

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