アテネ五輪代表ではキャプテンとして活躍、Jリーグ、AFCアジアチャンピオンズリーグ、ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)、天皇杯、と数々のタイトルを獲得した元Jリーガー・那須大亮。ヴィッセル神戸時代に、YouTubeを開設。現在、チャンネル登録者数約25万人を誇る。新境地を切り開いた人気ユーチューバーの短期連載最終回。
“痛みを拾いにいく”ことを大事にしている
週2日。眠らない(眠れない)夜を過ごす。
これがYouTuber那須大亮の2020年夏以降の働き方だ。
というのも、現役引退後、最初のシーズンである2020年J1リーグ、すべての試合のレビュー企画を立ち上げたからだ。
毎節9試合。すべての試合を観戦したのち、自身のYouTubeチャンネル用のコンテンツを作る。しかも配信は基本的には翌日。試合動画は使えないので、言葉のみで試合を振り返り、ベストイレブンも選出する。各試合を90分フルで見ているからこそ、発信できる那須さんのメッセージには、サポーターからの信頼も厚い。
90分の試合を9本見るだけでも、13時間以上を要する。高い集中力を維持しながら試合を見て、配信までのスケジュールを考えると仮眠をとる間もない。
そのうえ、コロナウイルス感染拡大の影響で、Jリーグは約3ヵ月中断を余儀なくされた。その結果、週2試合という過密日程となり、那須のチャレンジはより過酷になった。
「夏場は夜18時とか19時キックオフなので、次の日の昼前までずっと見ている状態です。翌日の14時までに番組を収録しなくてはいけないので。寝られても明け方に1時間くらいです。全試合を見て、解説するなんて、他にやる人はいない。それをシーズン通してやることで、コアな情報を届けられるだろうし、視聴者からの信頼も得られると思うんです 。同時に僕自身の自信になるし、財産にもなると。たとえ再生回数に繋がらなくでも、大切なことだと思っています。これも『痛みを拾いにいく』という僕が今、大事にしている行動の一環です」
2018年夏からYouTuberとしての活動を始めた那須。2019年シーズンを持って現役を引退。その時点で登録者数は10万人を超えた。サッカーをエンタメのトップへ引き上げたいという想いでスタートしたYouTube。サッカーファン以外の人へのアピールも重要だが、そのためにも「那須大亮」というキャラクターを認知させる必要がある。日本代表経験もなく、サッカー選手として一般的な認知度はそう高いわけではない。挑戦という意味では大きなチャレンジだろう。
「サッカーをエンタメのトップへということを達成するのは、ある意味イノベーションを起こすようなものだと思います。意識を変えていく必要がある。そのために僕は『痛みを拾いに行く』という言い方をしているんですけれど、そういう行動をしなくちゃいけないと思っています。新しいジャンルでの挑戦です。サッカー選手としてピッチ上で表現していただけの僕が、YouTubeという媒体で映像を通して、演者として表現しなければいけない。そのためには、新しいことを数多く学ぶ必要があります。社会人1年生みたいなもので、足りないものばかりです。それは知識やスキルという部分だけでなく、人間としての器やバイタリティに関しても深く、豊かにしなくちゃいけないと感じています」
那須は、YouTubeという媒体を通して、人間が持っているコアな部分を理解してもらうためのストーリーがポイントになっていくと話す。
「僕みたいな人間でも、こういう挑戦ができる。挑戦することで得られるものがある。そのために痛みにも動じず、学ぼうとする姿やチャレンジしている様子をストーリーとして発信したいと思っています。そんなコンテンツに視聴者の方が共感してくださったり、応援してくださったりすることから、サッカーへの興味に繋がっていけばいいなと。そのうえで、まず必要なのが、信頼や信用という実績なんです。それを裏付けるのが自信だと思います。今の僕はプロ1年目の選手と同じ。ここから学び続けて、努力しなければならない。そうやって少しづつ自信を重ねていくしかない。プロサッカー選手だったことに優位性は感じていません。まったくないとは言えないけれど、サッカーに関する知識であっても、プレーヤーとはまた違うことを知る必要があります。立ち位置が変われば、伝える言葉も選手時代と同じではないので」
現役時代は、サッカーにすべてを注ぐだけでよかった。勝利のために戦う選手をスタッフがサポートしてくれた。しかし、今は演者ではあるものの、プロデューサーであり、裏方を支えるスタッフのひとりでもある。
「現役時代は周りが時間を作ってくれました。でも今は、時間を作っていただいている、頭を下げて教えていただいくという意識です。自分で足を運ぶということが欠かせない。いろんな現場で、多くの人に会い、インプットすべきことがたくさんあります。根本的な部分、考え方をより深めるのは必要不可欠です。そのうえで、新たなことをインプットするための『ご縁』をたくさん作り、人間関係を構築していく作業も大切だと考えています。たとえばビジネスパーソンの方を前に話す機会をいただいたことがあるんです。『いったい何を話せばいいのか』という不安もありましたが、そういう未知の場所に立つことが大事だと思いました。新しいところでトライするからこそ、発見があり、学びがある。そういう場所で新たな思考や言葉を拾いたいと思いました」
今後は登録者数100万人を目指す。
「格闘技をのぞくと、スポーツ関連で100万人という数字に達している人はいないんです。ひとつの指標として、スポーツでもその数字を達成したとなれば、意識が変わったということになるのかなと」
YouTuberという肩書を持ってはいるが、副音声などでのサッカー解説やネットのサッカープログラムでのMCなど、活躍の場は広がっている。
「今の自分の姿勢は、サッカーのポジションでいえばフォワードですね。リスクを恐れずチャレンジを繰り返す攻めの姿勢です。でも、コアな部分ではディフェンダーだと思っています。挑戦するうえでディフェンダーのメンタリティも大事です。リスクマネジメントもそうですし、周りを見て、周りを活かし、周りに活かされない。そういうところはディフェンダーなんです。それを持ち合わせず、自分の主観だけで動いてしまうと、周りからの信頼も信用も得られません。なにより、僕は知識がないので、教えていただかないといけないし、スタッフと協同しなくてはいけないから」
今はまだ「スタートラインに立たせてもらっただけ」と話す那須大亮 。その挑戦の軌跡、ストーリーがどんな輝きを放つのか、楽しみである。
DAISUKE NASU
1981年鹿児島県生まれ。鹿児島実業、駒澤大学を経て2002年に横浜F・マリノス入団、翌’03年に新人王。’04年アテネ五輪に主将として出場。6シーズン在籍した横浜で2度のJリーグ優勝。その後、東京V、ジュビロ磐田、柏レイソル、浦和レッズ、ヴィッセル神戸でプレー。’19年に引退。
那須大亮のYouTubeチャンネル