PERSON

2020.05.31

建築家・田根 剛「建築は幾多の天災や人災や疫病、そのすべてを記憶し未来を築いてきた」

コロナ禍のフランス・パリ(5月11日よりロックダウンが段階的に解除)で暮らす日本人に、現地在住のカメラマン、松永 学が取材。 今回は世界中から脚光を浴びる建築家の田根 剛さんに話を聞いた。

建築家・田根 剛

「建築とはなにか」「建築になにができるのか」

パリを拠点に活動する田根 剛さんは今、世界中が熱い視線をおくる建築家。負の遺産の軍用滑走路を再利用した「エストニア国立博物館」。東京の真ん中に巨大な古墳を誕生させる「新国立競技場」案——。その建築は、土地や場所の記憶をモチーフに未来へと継承していくもの。

田根さんとは、完成後、大きな話題を集めた「エストニア国立博物館」の建設中、現場に同行させてもらいました。穏やかで、思慮深く、未来に向けて自分の表現をカタチにしていく姿勢に感銘を受けました。

エストニア国立博物館 Photo: Takuji Shimmura/Courtesy of DGT.

エストニア国立博物館 Photo: Takuji Shimmura/Courtesy of DGT.

2020年は日本でも、田根さんが手掛けた建築や空間がいくつも完成し、オープンする予定でした。それらが、このコロナの影響でどうなったのか。世界中で進行中の計画はどうなるのか。これからの建築のあり方は変わるのか。田根さんの思っていることをうかがいました。

「3月上旬に日本への出張があり、パリを離れていました。当初は一週間ほどの滞在の予定でしたが、帰国直前にフランスがロックダウンになるとのニュースが入り、パリに戻るのを延期しました。その後、国境が閉鎖され、飛行機での移動もできなくなったため、日本での滞在を延ばして遠隔によるリモートで仕事をしていました。4月中旬から日仏間の飛行機が飛び始めたのでパリに戻りましたが、空港での出国や入国では特に検査もなく、スムーズにパリの家まで帰ることができたのは驚きでした。

3月17日のフランスのロックダウンを機に、アトリエは完全にリモートに切り替えました。これまでもリモートや時差での共同作業が多々あったので、不便さは多少ありますが、思ったよりもスムーズに業務は移行できました。個々人は自宅作業となるため、多国籍であるスタッフには自主性を重んじて働いてもらっています。『仕事は量より質』であることを自覚してもらい、作業に集中してもらうよう心掛けています。

これまで忙しく移動や会議や現場が続き、自分の時間をなかなか持てませんでした。このコロナでおとなしくしている期間は、スケッチを描いたり、リサーチを行ったり、本を読む時間が増えました。一方で、半分近くのプロジェクトのスケジュールが半年や1年遅れと大幅な変更になりました。

2020年春開館を予定していた、自分にとって日本で初めての美術館となる『弘前れんが倉庫美術館』のオープンも延びました。このプロジェクトは100年程前に建てられたレンガ倉庫を壊さずに『記憶の継承』をコンセプトにした美術館。開館日は未定のままですが、建築はどんなことがあっても未来に向けて人が来るのを待っている、と改めて感じています(『弘前れんが倉庫美術館』は6月1日から事前予約制により限定的にプレオープン) 。

弘前れんが倉庫美術館 Photo: Naoya Hatakeyama

弘前れんが倉庫美術館 Photo: Naoya Hatakeyama

今の状況をメリットやデメリットではかることはできません。新型コロナウイルスは、グローバルに蔓延しています。そして国境を封鎖したことによって、社会の問題が浮き彫りになりました。国と国民、リーダーと市民、安全と保障などの価値観や倫理観での信頼関係が試されることになりました。これは長期的な問題なので結果は安易に推測すべきではありません。

日本では市民の道徳心や良心が自粛行動へと速やかに反映されたことにより、感染を予防できているように思えます。海外と違って、マスクが習慣化されていることは大きいのではないでしょうか。一方、フランスでは国家が動き、法によって市民の行動規制や社会保障を行うなど、国の力を感じます。また、市民が独自でお互いを助け合おうと行動したり、毎日20時にエールを送り続ける姿に勇気をもらいます。

コロナ以前と今後について私の建築への考え方は変わりません。ただ『建築とはなにか』『建築になにができるのか』。そうした建築への意識が強まり、建築を深く思索することになったのは確かです。建築は古代から脈々と続き、未来を築き上げてきました。幾多の天災や人災や疫病を乗り越え、いつか人々は忘れてしまっても、建築はそのすべてを記憶してきました。今は、この先の建築はどうなるか、その未来を見つめたいという思いが強まっています。

コロナ収束後の建築業界は大きく停滞するでしょう。グローバルな規模での影響ははかり知れません。一方で、これまで『エコロジー』や『サスティナブル』が叫ばれていましたが、このコロナによって、21世紀に入ってから最も温暖化が減速し、汚染が減り、地球のより良い環境が少し回復し始めていると感じています。

以前のような加速した社会に戻らないためにも、『都会で暮らしながら田舎で生活するような時間を過ごす』『田舎で暮らしながら都会のサービスを得る』ことができれば、次の時代の未来も動き出せるのではないかと想像しています。

等々力渓谷の家 Photo: Yuna Yagi

等々力渓谷の家 Photo: Yuna Yagi

世界がコロナから解放された時、決してコロナ以前の世界に戻ってはいけません。もしかしたら社会の動きや、忙しさにかまけて、今回の出来事を忘れそうになってしまうかもしれない。でも、もしそうなってしまったら、この数ヵ月の時間、また苦しみ亡くなった多くの方々に対する敬意を失うことになる。

僕らは今、未来を考える時間を与えてもらったのです。今はその準備をする時間、その覚悟を与えてもらった時間と思って、これからの未来に向けて喜びと希望を夢見ようと思っています」

TEXT=松永 学

PHOTOGRAPH=松永 学

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