幾多の試練を乗り越えながら、着実にスーパースターへの階段を上り続けるメジャーリーガー・大谷翔平。現在は、新型コロナウイルスの影響でシーズンの開幕が不透明となっているなか、アメリカで準備を整えている。今だからこそビジネスパーソンが見習うべき、大谷の実践的行動学とは? 日本ハム時代から"大谷番"として現場で取材するスポーツニッポン柳原直之記者が解き明かす。
きれい事だけでは済まされない葛藤
2017年3月11日。当時、日本ハムの大谷はイースタン春季教育リーグの楽天戦(鎌ケ谷)で初回に中前適時打を放つと、3回には右中間に2ランを放った。東日本大震災からちょうど6年を迎えた日だった。試合後、大谷は「6年がたちましたし、個人としても、もう一回頑張っていきたい」と新たな決意を口にした。
当事者でありながら、言葉数は多くなかった。震災当時、大谷は岩手・花巻東で1年生だった。その理由について、栗山監督は胸中を代弁したことがあった。
「あいつは震災でチームメートが苦しんだのを見ている。気軽には話せない。あいつが語らないのは分かる」
エンゼルス移籍後、大谷は震災関連のコメントは出していない。取材のタイミングが合わなかったこともあるが、関係者伝いで「(野球と)こじつけてほしくない」と聞いたこともあった。自分のプレーで災害に苦しむ人々に元気を与えたい――。そんな言葉を簡単に口に出すことはできないのだ。
ただ、これまでスポーツが復興を目指す被災地の希望になった例はいくつもあった。阪神淡路大震災後のオリックス優勝、東日本大震災後の女子サッカー日本代表のワールドカップ優勝、楽天優勝など、どれも人々に勇気や希望を与えた。勝利を目指してがむしゃらにプレーする選手の姿に人々は感動し、それが、未来への活力となった。MLBの大物代理人のスコット・ボラス氏も5月5日のニューヨーク・タイムズ紙で真珠湾攻撃や米中枢同時テロ後にメジャーが果たした心理的な役割に触れ「野球は何度もわが国を立ち直らせてきた」と主張している。一方で、大谷のように"それ"と自身のプレーは別だと考える選手もいる。全身全霊でプレーし、それが結果として人々に夢や希望を与えられればいい。決してきれい事だけでは済まされない葛藤がそこにはある。
2020年春。新型コロナウイルス感染拡大の影響で世界中のスポーツがストップした。キャンプ中断直前の3月9日、大谷は「日本にいないので日本の状況は分からないですけど、みんなもちろん気にしていると思いますし、早く終息してくれれば一番いい」と語った。独立記念日の7月4日前後の開幕を目指す大リーグ機構(MLB)は既に選手会に開催案を提示し、協議を重ねているという。仮に開幕が決まり、取材機会を設けられた際には肝に銘じたい。大谷に限らず選手たちの思いと、この世界的な惨事を安易にこじつけることがないように、と。