クラウドを使った法人向け顧客管理、営業支援サービスで日本で急成長を続ける、セールスフォース・ドットコムを率いる小出氏。人材確保が企業の未来を決めるといっても過言ではない今、「働きがいのある会社」に選出された秘密に迫る。
リモートワークでパフォーマンスが上がる
滝川 GPTWジャパンが毎年発表している「『働きがいのある会社』ランキング」で、セールスフォース・ドットコムは見事、2019年版大規模部門の1位に選ばれましたね。
小出 去年までは中規模部門でした。従業員数が1000人を超えたので、今年から大規模部門で選出されて。IT企業はどこも優秀な人間の奪い合いです。会社の文化や処遇すべてがトップクラスでなければ、トップタレントは来てくれません。だから働きがいのある環境を整備することは、業績を上げるよりも大事なんですよ。
滝川 「働き方改革」が声高にいわれるなか、右肩上がりの業績もあいまって、そのユニークな施策の数々が注目されていると思うんです。白浜サテライトオフィス(和歌山県・南紀白浜)に看板犬として保護犬を迎える際、私が代表を務める財団のほうに相談していただいたこともあります。
小出 僕が福島出身ということもあって、被災犬を引き取りたいと相談したんですよね。白浜サテライトオフィスは、総務省の「ふるさとテレワーク」の取り組みの一環として、2015年に開設しました。希望者を募って3ヵ月から半年くらいのスパンでローテーションしていますが、そこで仕事をすると東京にいた時よりもパフォーマンスが20パーセントくらい上がるんですよ。
滝川 短期間でそんなに変わるんですか。東京とは、どんなところが一番違うんでしょう。
小出 正確に検証するのは難しいですが、通勤時間の短縮や、少人数体制ゆえに成功体験を共有しやすいといった影響は大きいと思います。通勤退勤のラッシュもないですし。健康状態が行くたびに格段によくなると聞きますね。それと地域の方々がとてもあたたかくサポートしてくださるんです。地元のさまざまなボランティア・アクティビティに参加するようになって、地元の方と結婚した社員もいます。結果的に地方創生の実証実験になっていて、総務大臣が来て驚いているんですよ(笑)。
滝川 施策としても素晴らしい成功例ですものね。ボランティアへの参加は白浜に限らず、全社員が参加されているんですよね?
小出 ええ。「就業時間」「株式」「製品」のそれぞれ1パーセントを非営利団体に提供する「1:1:1」の社内ルールが創業当時からあって、僕も白良浜のゴミ拾いをしたり、アメリカに行った時は養護施設でペンキ塗りをしたりしています。そして、アクティビティの参加時間も内容もすべてデータとして共有されるので、参加できないとアメリカのCEOからメールが飛んでくるんですよ。例えば「ボランティアの時間が取れないほど忙しいのか?」「上司の小出が協力的じゃないのか?」というふうに。
滝川 徹底していますね。白浜に元保護犬のトーマスを迎えられたのも、社のボランティア・アクティビティの一環ですが、企業で保護犬を迎えてくださるって、すごく大きなメッセージになるし、心強くて。
小出 もともと創設者のマーク・ベニオフが大の動物好きで、彼の飼っていたゴールデンレトリバーのコアは、よくハワイで行う定例役員会に同席していました。我が社のマスコットキャラクターにもなっているんですよ。2年前に亡くなってしまったけれど……。だからこういうことに参加できることは、僕らもハッピーだし、日本でも興味を持つ人や企業が増えるよう、いいモデルケースになれたら嬉しいですね。
マーク・ベニオフは始めからずっとブレていない
滝川 従業員の方に対しては、かなりパーソナルな支援もなさっていると聞いて驚きました。
小出 うちが扱っているクラウドという事業は、契約をとるより解約されないことが大事です。つまり信頼関係を築き、お客様に成功していただくモデルを提供する仕事なのですが、これは社員のモチベーションが高くなければできません。語学などのスキルアップはもちろん、育児や介護休暇、不妊治療などもサポートしています。ひとりひとりに向き合わないと、本当に必要なものは見えないので。
滝川 面談されるんですか?
小出 面談もしますが、定期的にアンケートもとっています。さらにそのデータは世界各国の全社員が見ることができます。例えば社員から、海外オフィスで実施している取り組みを日本でもしてほしい、といったリクエストも可能です。データを活用して会社のあるべき姿をつくっていけるのは、我々IT企業の強みです。
滝川 経営者側も従業員側もいい緊張感があって、パフォーマンスが上がるのもわかります。LGBTに関する日本最大級のイベント・東京レインボープライドでは、企業協賛としてブース出展され、パレードには小出社長も参加されていましたね。
小出 セールスフォースが掲げているコアバリューは、信頼、カスタマー・サクセス、イノベーション、平等の4つ。多様性を認め合い、みんなが平等に語り合える文化をとても大事にしているんです。トップが参加しないと本気度が伝わらないでしょう。
滝川 本気度……。昨今の「働き方改革」に関しては、どんな印象を持っていますか?
小出 働き方を改革するには、ある程度のITのインフラがないと難しいと思います。例えばうちはワーク・フロム・ホームといって自宅での仕事も推奨しているけれど、それができるのは堅牢なセキュリティシステムがあるからです。テクノロジーで生産性を支えて、さらにひとりひとりが一番働きやすい環境で働けるようにしないと、改革はできない。仕事量も方法も変わらないのに時間だけ制限したって、見えないサービス残業が発生するだけでしょう。経営者がまずマインドセットを変えていかないと。
滝川 イノベーションという言葉も、よく聞くようにはなりましたが、実情はなかなか……。
小出 伝統的な日本企業はどうしても変化を怖がりますね。さきほどコアバリューのひとつとしてイノベーションをご紹介したとおり、セールスフォースは新しいチャレンジになんら抵抗がありません。Forbes の「The World's Most Innovative Companies」にも何度も選ばれていて。
滝川 お話をうかがっていて、能力とパッションのある人が集まる理由がわかった気がします。それでさらに業績が上がって、好循環ですね。
小出 滝川さんのパッションには僕はかないませんけど。トーマスの件や、その前にも弊社イベントで財団の活動について講演してもらったことがあり、本当にすごいと思う。
滝川 すごくはないですが、パッションはありますね。むしろそれだけでやっています(笑)。
小出 マーク・ベニオフもそうなんですが、ブレないってすごいこと。彼は創業当時からずっと声をかけてくれていたんです。その頃のセールスフォースは会社規模でいうと基盤を固めていた時期で、様子を見ていたらあっという間に成長してびっくりしました。僕はそれまでIBMやHPにいて、よい製品やサービスをお客様に提供することがやりがいでした。でもこの会社に来てからは、かなりの部分で、社会貢献活動を通して企業価値を高めるという仕事が増えて。今求められているのはそういう役割なんだと思いながら、自分自身も刺激をもらっている毎日なんです。
Koide Shinichi
1958年福島県生まれ。大学卒業後、日本IBMに入社。米国本社戦略部門への出向、社長室長、取締役などを務めたのち日本テレコムに入社し、ソフトバンクテレコム副社長兼COOに就任。その後、2007年12月、日本ヒューレットパッカード 代表取締役社長に就任し、’14年4月、セールスフォース・ドットコムの代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)に就任、’18年6月より三菱UFJ銀行の社外取締役、’19年3月より公益財団法人スペシャルオリンピックス日本の理事に就任。