PERSON

2018.04.04

【松浦勝人】エイベックスは全員が個人事業主

素人目線

やりたいことはすべて、やりつくしてきた

世界は、「集中」から「分散」へ大きく転換しようとしている。それは、僕らエイベックスにも無関係ではない。例えば、芸能プロダクションは、アーティストやタレントを育成し、テレビ番組に出演させるというビジネスをしている。人気者になれば、何百万人というファンに対し芸能活動をし、収益をあげる。

しかし今では、さまざまなライヴ配信サービスを通して、ネットで動画を公開し、数百人のファンから投げ銭をもらって生活を成り立たせる人たちが登場してきた。

今まで芸能プロダクションに「集中」していた芸能人が、個人でネット活動をする「分散」への転換を始めつつある。だから今、集中型芸能プロダクションのビジネスに限界が見え始めている。例外はあるだろうが、タレントがドラマや映画に出演したとしても、世間の人が思うほど利益が出るわけではない。プロダクションはどこで利益を出しているのか、それはテレビCM。でも、テレビCMが広告の中心であるという時代が続くのか。

すでに、ウェブやアプリ内での広告が影響力を持つようになっている。どこの事務所にも属さない、分散型インフルエンサーのなかから登場したカリスマが、ひと言言うだけでその商品を何百万人が買う。そんな現象が起き始めれば、タレントよりもインフルエンサーのほうがCMに起用する価値が高くなる。

集中型芸能プロダクションはどうなるか。大昔の劇団員やバンドマンのように、儲からないことはわかっているけど、好きだからやりたいという人の集まりになる。ビジネスとして成立しなくなる可能性だってある。

レコード会社と芸能プロダクションは、エイベックスの主力事業ドメインの一部。今、CDが売れなくなり、レコード会社は厳しい。芸能プロダクションもこうして分散型になり苦しくなる。エイベックスはどうなってしまうのか。かつてない大ピンチ。でも、時代が動く時には、ピンチをチャンスに変える方法が必ずある。僕たちは、それを考えていかなければいけない。

エイベックスを起業した時、ある人から「会社は30年が寿命だ」と教えられた。その人は、さらに「だから、10年が寿命だと思って仕事に向かわなければいけない」と忠告してくれた。

エイベックスは今年創業30周年を迎える。社内で「30周年のアニバーサリーをやりたい」という声があった。僕は「そんなのやめろ」と言った。会社の寿命が終わり、0歳からやり直さなければいけないのに、何をお祝いするんだと。平成も31年で終わる。安室奈美恵も小室哲哉さんも引退する。じゃあエイベックスや僕はどうするのか。

もちろん、経営者は無責任に会社を辞めることはできないし、僕自身は、創業者は自分が死ぬか、会社がなくなるまで辞められないと思っている。でも、最近思うのは、CEOがいて、経営陣がいて、執行役員がいて、社員がいるという、集中型の会社組織は限界にきているんじゃないかということ。少なくとも、僕にはすごく古臭く見える。

僕は前から、社員に対して「どこの会社に行っても仕事ができる人になれ」と言い続けてきた。会社にぶら下がるのではなく、自分で仕事を作りだせる人になってほしい。全員が個人事業主、という集まりがエイベックス。縦割りの部課があるのではなく、全社横断型のプロジェクトがあり、そこに人が集まってきて仕事をし、プロジェクトが終わったら解散する。個別の利益ではなく、プロジェクトとして全体最適の利益を追求する。そんな分散型が僕の理想のイメージ。エイベックスをその方向に変えていくための第一歩が、フリーアドレス制の実施だった。

僕は、やりたいことを仕事にしてきた。音楽が好きだからエイベックスを起業した。そこにお金もついてくるという幸運にも恵まれた。でも上場し、上場会社という組織ができてしまうと、維持するため毎年利益を出さなければならない。やりたいことを仕事にしてきたはずなのに、いつの間にか利益を出すため、会社を守るため仕事をしなければならなくなっていた。本来やりたかったことだけでは、なくなってきてしまっている。

僕は、やりたいことはすべてやってみる人生を送ってきた。別荘が欲しい。いくつも持ったけど、結局たいして行かなかった。でかい家に住みたい。住んでみたけど、広すぎて不便なだけだった。フェラーリに乗りたい。買ったけど、結局邪魔になるだけだった。お金がかかることだけではないけど、そうやって、やりたいことはすべてやりつくしてきた。

でも今、またやりたいことがある。それはエイベックスを分散型組織に変えて、推進力をあげること。集中型組織では身動きがとれない。エイベックスを起業した頃は、楽曲の発注がきて、3時間で作って納品するということを毎日やっていた。スピードについていけなければ仕事にならなかった。今の集中型組織はその100倍遅い。「納品に3週間ください」みたいなことを平気で言う。僕が依頼した仕事にしても進むのが遅く、答えが来るまでの間に僕の考えはどんどん進んでいってしまう。

分散型組織のCEOというのは、いったいどういう存在であるべきなのだろう。僕がやりたいのは、少人数を率いて常に最先端の発想をどんどん生みだすこと。そしてそれを会社に還元していくことで、エイベックス全体に刺激を与えられるチーム。それが新しいビジネスを創りだしていく。そんなことができれば、もっとエイベックスに貢献することができると思う。逆にそういうチームがないと、僕を含めてみんな古臭い「集中型」の発想から抜けられなくなってしまうんじゃないだろうか。

レガシーなビジネス、レガシーな組織はもう限界にきている。エイベックスの30年は「集中」を構築することだった。会社の寿命と言われる30 年が終わり、これからは0歳からやり直して、「分散」型に変えていかなければならない。そして、僕はもう一度やりたいことをすべてやりつくす。

TEXT=牧野武文

PHOTOGRAPH=有高唯之

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