PERSON

2011.04.12

サッカー 長谷部 誠 今はどこのチームに行っても、レギュラーになれる自信がある

サッカー日本代表のキャプテン・長谷部誠の自書『心を整える。勝利をたぐり寄せるための56の習慣』が話題を呼んでいる。高校まで無名だった長谷部が、いかにして、ドイツでリーグ制覇を達成し、日本代表の中心選手にのしあがったのか。そこには、ビジネスマンにも応用できる独自のメンタル術が潜んでいた──

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毎日必ず30分間、心を鎮める時間を作る。

長谷部誠には、試合前に必ず行う"儀式"がある。スタジアムに向かうバスの中で心のスイッチをオンにし、一気に集中力を高めるのだ。

「スタジアムに到着する約7分前から、必ずミスター・チルドレンの『終わりなき旅』を流すんです。ちょうど曲が終わる頃に、スタジアムに着くようにして。南アフリカW杯の時も、1月のアジアカップの時も、すべての試合でやっていました」

昨年開催された、南アW杯で長谷部はMFとしてすべての試合に先発し、日本のベスト16進出に大きく貢献。先のアジアカップでは優勝を果たした。サッカー界には、大一番になるほどミスをする選手がいる一方で、逆に存在感を増す選手がいる。長谷部はまさに後者のタイプだ。

こういう勝負強さを支えているのが、日々の「心を整える」作業だ。

「僕は突出したテクニックがあるわけでも、スーパーなFKを蹴られるわけでもない。だからこそ、気持ちだけは絶対に誰にも負けたくない。いかにピッチから離れた日常で、心を整えるかが勝負だと思っています」

例えば、睡眠がその一つだ。浦和レッズでプレイしていた時、優勝がかかった最終節の前日にほとんど一睡もできず、身体の切れを欠いたという苦い思い出があった。結局、浦和はその試合で横浜FCに敗れ、優勝を逃してしまう。2007年12月のことだ。

同じ過ちを繰り返さないためにどうすればいいか。長谷部は寝るまでの時間をとことん管理することにした。

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アジアカップでは主将としてチームをまとめ、優勝へと導いた。長谷部はよく周囲に「タイトルに恵まれているな」と言われるそうだ。長谷部曰く「優勝する秘訣は正直わからないけれど、やれることをすべてやっているから、幸運の女神が微笑んでくれる」と語る。

就寝の1時間前になると、リラックスDVDのスイッチを入れて癒やし系の音楽を流し、クンバ社の「ハッピー」というお香を焚く。そしてニールズヤード・レメディーズ社の「ナイトタイム」というアロマオイルを首筋に塗り、ベッドに横になる。

「普段から寝るまでの流れを作っておけば、試合前日でも同じように眠ることができる。もうどんな重要な試合の前日でも、眠れないということはなくなりました」

また、南アW杯の時に特に助けられたのが、「毎日必ず30分間、心を鎮める時間を作る」という習慣だ。どんなに忙しくても、30分ベッドに横になって心を無に近づける。

長谷部はW杯直前に突然、ゲームキャプテンに抜擢され、試合ではキャプテンマークを巻くことになった。当時、長谷部は26歳で年上の選手たちがたくさんいた。とても難しい立場になる。ふと気が付くと、「自分に何ができるのか」と考え込んでしまう自分がいた。

そんな時に心を整理してくれたのが、この30分間だった。

「正直、ゲームキャプテンを任されたことを、すぐには受け入れられなかったし、1度は監督に返上しました。今だから言えることですが、相当悩みました。だからこそ、心を鎮める時間を大切にした。ホテルには卓球やビリヤードなどが用意されていたんですが、時間を作るために一切やりませんでした」

もともと長谷部は、無名に近い選手だった。

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読書も「心を整える」手段の一つ。シャツ¥22,050(フランク&アイリーン/サザビーリーグ TEL:03-5412-1937)、パンツ¥34,650(RH ヴィンテージ/ロンハーマン TEL:03-3402-6839)

静岡県内の名門・藤枝東高校でプレイしていたものの、2年生の終わりまではレギュラーになれなかった。

だが、両親の反対を押し切って大学への推薦を辞退し、浦和レッズに飛び込むと、眠っていた才能が覚醒する。練習中にブラジル人選手とつかみ合いになるほど勝負にこだわるようになり、早くもプロ2年目に中心選手になった。

とはいえ、当時はまだ19歳。「心を整える」大切さには気が付いていなかった。周りからチヤホヤされ始めると、夜遊びに出かけるようになり、髪も茶色に染めた。

「今では絶対にあり得ませんが、翌日に練習がある時に遊びに行ったこともありました」

しかし、そういう生活を約1年送ったある日、お酒を飲んでいる先輩ほど、筋肉系のケガをしやすいことに気が付く。このままではいつか自分も......。長谷部は夜に出歩くことを止めた。

「高校時代の監督に久しぶりに会った時に、僕の茶髪を見て、先生はすごく残念そうな顔をしていた。翌日、すぐ床屋に行きました。僕が尊敬するカズさん(三浦知良)は、みんなで食事をしていても、ある時間になるとパッと帰る。周りに流されずに、オンとオフを切り替えられる。それがプロだと思います」

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気をつけたまま、ベッドに横になり、全身の力を抜く。「このままうっかり寝てしまうことはないです。1日30分、心を鎮める時間が大事」

長谷部は浦和を引っ張る存在になり、06年にJリーグで優勝し、07年にアジアチャンピオンズリーグを制した。そして'08年1月、ドイツのヴォルフスブルクへの移籍が決定する。

ただし、いくら日本で実績があろうが、そんなことは外国では関係ない。長谷部はどうすればレギュラーになれるかをとことん考え、二つの結論に行き着いた。

一つ目は「組織に足りないものを補う」ことだ。

「ヨーロッパや南米の選手は自分でやってやろうという意識が強く、チームのバランスを崩してしまうことがある。ならば自分が周りをサポートしようと思った。今ではクラブでも、日本代表でも、常に組織に何が足りないのかを考えてプレイしています」

あいつがいれば、組織が安定する――。長谷部はそういう評価を勝ち取った。

二つ目は「監督の言葉にしない意図を読む」ことだ。

「レギュラーから外され、ベンチから試合を見ることほど、選手にとって悔しいものはありません。けれどベンチならば、監督がどんな指示を出して、どんなことを要求しているのかを観察できる。塞ぎ込むのではなく、監督の意図を読み取ることで、自分に何が足りないのか気が付くきっかけになります」

ヴォルフスブルクでは先発を外れても必ずレギュラーに戻り、09年5月、クラブ初のブンデスリーガ優勝に大きく貢献した。長谷部がいる所には、常にタイトルが訪れる。そんな神話ができつつある。

「もうどんな選手が自分のポジションに移籍してきても、競争が恐いとは思わなくなった。どこの国のどのクラブに行っても、レギュラーになれる自信があります」

ドイツで厳しい競争に打ち勝ち、南アW杯やアジアカップでキャプテンとして経験を積んだことで、長谷部はまた次のステージに進もうとしている

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長谷部主導の話し合いが勝利への分岐点だった。

今年1月のアジアカップには、中澤佑二や闘莉王といったベテランがケガで参加しなかったため、長谷部は初めて年長者のグループに入った。

「アジアカップでは、先輩にも若手にも助けられながら、自分なりにいろいろなことをやりくりして、キャプテンという役割と向き合いました」

グループリーグ初戦のヨルダン戦後のことだ。吉田麻也のゴールで何とか1対1に追いついたものの、日本としては不甲斐ないスタートになった。

試合後、ザッケローニ監督は「本当にアジアカップを闘う準備ができていたのか」と選手に問いただした。試合直前のロッカールームで、一部の選手がサッカーとは関係のない話をし、笑い声も漏れていたからだ。

長谷部は南アW杯に出場した数名とホテルのカフェに集まり、どうやったらチームの意識を変えられるかを話し合った。選手だけでミーティングをやるべきという意見もあれば、自主性に任せるべきという意見も出た。だが、最後には「時間がない」という結論に達して、ミーティングを行うことになった。

シリア戦の前日、選手全員がミーティングルームに集まった。ズラリと座った選手たちの前にキャプテンが立つ。長谷部はチームメイトの目を順番に見ながら、話を切り出した。

「練習も、試合前の準備も、厳しさが足りないんじゃないか。僕はジーコさん、オシムさん、岡田さんのもとで代表を経験したけれど、今回ほど緊張感のないチームはない。ふざけるのと明るくやるのは紙一重だ。若手が楽しくやるのはすごくいいと思うし、その持ち前の明るさを無くしてほしくはない。けれども、試合や練習の場ではふざけるべきではない。これまでは年長者が緊張感を作り出してくれていたから、今、緊張感を作れていない原因は自分たちにもある。自分の非も認める。今後はそれを意識してやっていこうと思うから、みんなも協力してほしい」

約10分間、長谷部は思いをぶつけると、今度は選手に意見を求めていった。松井大輔、長友佑都、槙野智章、いろんな世代の選手が感じていることを口にした。大会後、多くの選手が「このミーティングが優勝へのターニングポイントだった」と語っている。

「若手から嫌われてもいいと思って、自分の意見をぶつけました。ただ、その後も彼らは同じように接してくれた。本当に周りに助けられたと感じています」

大会中、チーム内で流行したギャグがある。

例えば、米粒を残した選手に対して、横の選手が「最後の一粒まで食べろ!」とわざとまじめぶって注意する。すると、言われた選手が「ハセベか!」と突っ込むのだ。タカアンドトシの「欧米か!」の要領で。

「あいつら本当に僕を舐めているんですよ。ただ、オンとオフとの使い分けは伝わっているのかなと思います。練習中、サッカーと関係ない話をする選手はいなくなりました」

大会終了後、長谷部は所属チームに1日でも早く戻るために、優勝パーティの途中で空港に向かわなければいけなかった。ザッケローニ監督に出発の挨拶に行くと、このイタリア人監督は手を差し伸べてこう言った。

「ハセ、おまえはキャプテンとしてチームを本当によくまとめてくれた」

長谷部のプレイスタイルは決して派手ではないが、ピッチの中でも外でも、ここまでチーム全体のバランスや空気を「整える」ことができる選手は他にはいないだろう。

「このままヴォルフスブルクでレギュラーになり続けられたら、新しい国のリーグに挑戦したい。難しい道を選ぶことが、自分に成長をもたらしてくれるから」

熱く、誠実に、自分もチームも律する。新しいリーダー像を、長谷部誠は生み出そうとしているのである。

*本記事の内容は11年3月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい

TEXT=木崎伸也

PHOTOGRAPH=市橋織江

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