2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
旨味の強い木桶仕込み醤油
「金笛」のブランドで知られる笛木醤油のある埼玉県比企郡川島町は、江戸時代から川越藩の穀倉地帯として栄え、大豆や小麦を豊富につくってきた。創業は1789年。以来、230年以上、笛木醤油では昔ながらの醤油づくりにこだわってきた。
「現在、埼玉には醤油蔵が10軒ありますが、60年前には70軒くらいあったそうです。うちは地元とのつながりを大切にし、地産地消、200年にわたって伝統的な醸造にこだわっています。『金笛』の原材料は、主に県内産の丸大豆と小麦。丸大豆は油分が豊富なので、やさしくてまろやか、コクのある醤油になります」(十二代目の笛木正司社長)
もうひとつ笛木醤油がこだわっているのが木桶仕込み。中田英寿はかつて木桶の製造現場を訪ねたことがあるが、国内で木桶をつくることができる職人がどんどん減っているのが現状だ。
「現在は徳島や長崎の職人に頼っていますが、関東エリアの木桶文化を守るために、社内に木桶部をつくり、木桶づくりの修行にも行かせました。杉や竹などオール埼玉の材料を使って、地元の職人がつくる。仕入れたほうが安くあがるんですが、なにかトラブルがあったときにいちいち地方から職人に来てもらわなければなりません。長く使うのですから、地元で職人を育てようと。いずれは地域の宝になってくれればと思っています」(笛木社長)
「多くの伝統工芸・産業で問題になっているのは、その部分ですよね。技術を引き継ぐ人がいても、そのための道具がなかったりする。こういうプロジェクトがあることで、技術を正しく引き継いでいけると思います」(中田)
笛木醤油が木桶にこだわるのは、醤油の味に影響があるからに他ならない。
「醤油をおいしくしてくれるのは、天然の微生物。麹菌や乳酸菌にとっていちばんいい環境が木桶なんです。ステンレス製のほうが管理は簡単です。木桶の場合、予想もしないような失敗もありえる。それでもやはり木桶のほうが旨味の強い、おいしい醤油をつくってくれる。だからこそ守らなければならないと思っています」(笛木社長)
麹、櫂入れ(かき混ぜること)、火入れが醤油の味を決める。通常半年ほどで醸造される醤油を、笛木醤油では1年から2年かけてじっくり造る。
「放っていてもダメだし、かき混ぜすぎてもダメ。香り、味、コクなどバランスのいい醤油をつくるための研究は日々行っています。醤油は素材の引き立て役。だからこそバランス感覚が大切なんです」(笛木社長)
蔵のなかには、やさしく香ばしい醤油のにおいがただよっていた。このにおいを嗅ぐだけで食欲が刺激されるのは、やはり日本人ならではなのだろう。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
https://nihonmono.jp/
中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。