2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。 今回の旅は2019年7月に訪れた広島。
酒粕から造られる酢
広島県尾道市は、数々の名作映画や文学で描かれた町。尾道造酢は、この町で430年以上にわたって酢を造り続けている。開放された入り口には、早くもさわやかな酢の香りが漂っている。
「堺で酢造りをしていた職人がこの地でつくりはじめたそうです。広島芸州藩の庇護のもとで発展し、大正からから明治期にかけては全国的にも有名な産地だったんです」(尾道造酢 取締役工場長 丸尾仁人さん)
現在は2社を残すのみとなったが、そのうちの1社である尾道造酢では、昔ながらのやり方で酢を造り続けている。原料となるのは、日本酒蔵から仕入れた酒粕。それを3年寝かせじゅうぶんに熟成させてから酢造りが始まる。
「広島は、日本酒の一大産地ですからいい酒粕がたくさんありそうですね」(中田英寿)
貯蔵された酒粕を見ると、たしかに広島の有名な酒蔵のものがたくさん揃っている。このじっくり寝かせた酒粕を水で溶き、そこに種酢を加えて酢酸発酵させることで酢が出来上がる。
「実は、昭和30年代から40年代にかけて大手のマヨネーズの原料として酢を大量に生産しなければならなくなり、そのために開発されたのがうちで特許をとっている水平式連続発酵のための機械なんです」
そう言って見せてもらったのが、工場の奥にある発酵槽。小さな流れるプールのようになったその機械をゆっくりと酢が流れ、徐々に表面に酢酸菌の膜が張られていくのがわかる。
「こうやって目で見ることで酢酸菌の状態を管理できるわけですね。生きた菌が酢を造っていくのがよくわかります」(中田)
出来上がった酢は大きな甕に入れられて、熟成を待って商品となる。現在の尾道造酢の人気商品は、そのまま料理に使える調味酢や薄めて飲むフルーツビネガーなど。いずれもまろやかな酸味で確かにおいしい。だが、実はまだこの会社には秘密の部屋があった。
「昭和30年代につくられた酢から年ごとに甕に入れて保存してあります」(丸尾工場長)
特別に熟成した60年ものの酢を味わってみると、まるではちみつのような甘さに熟したフルーツのような芳醇な味わい。
「シャープだけどえぐみがなく、上品な甘さがありますね。体にすっと溶け込む感じがします。以前イタリアで100年もののバルサミコ酢を試したことがありますが、それに似ている。料理はもちろんデザートにもあいそうですね。かき氷とかにかけたら人気がでると思いますよ」(中田)
歴史とこの蔵に根付いた酢酸菌だけがなさるわざ。やはり430年の老舗は伊達ではなかった。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
https://nihonmono.jp/
中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。