2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
「おいしい!」と思わず声を漏らしたプリン
中田英寿は、めったに「おいしい」という言葉を使わない。いわく、「おいしいと言うのは『これを食べにまたここまで足を運びたい』と思えたとき」。少々のおいしさでは、その“合格基準”を超えることはできない。旅の間は、地域の名店をめぐり、名産品を口にする。それでも「おいしい」という言葉を発するのは、1回の旅の間に1度あるかどうかというレベルだ。隣にいて、何でも「おいしい、おいしい」と食べている自分が幸せなような、味オンチのような複雑な気分になる。
そんな彼が一口食べた瞬間、「おいしい!」と思わず漏らしたのが、日高市にある加藤牧場のプリンを食べたときだった。数あるメニューのなかでもプリンは相当に激戦区だ。全国にある有名プリンはほぼ食べ尽くしているはずだが、「おいしい」を獲得したのは、私が知る限り数軒しかない。
加藤牧場は、都心のベッドタウンとして知られる日高市の住宅街のなかにある。実は住宅街の中に牧場があるのではなく、牧場のまわりに住宅がどんどんできたというのが、その歴史らしい。加藤牧場が牛10頭とともに所沢からこの地に移転したのは、50年前。
「その頃は、民家どころか道路もほとんどなく、夜になると真っ暗でした」(加藤牧場代表取締役・加藤忠司さん)
加藤牧場の特長は、なんといってもその新鮮さだ。直売所の隣にすぐ牛舎があり、牛乳は、しぼってから最短1時間(最長でも12時間以内)で殺菌され、瓶詰めされる。そのため、甘みが濃厚でありながら、さっぱりとして乳臭さはまったくない。普段、牛乳が苦手というスタッフでもごくごく飲めるフレッシュさだ。プリンだけでなく、ソフトクリームやチーズ、ヨーグルトなどの加工品も絶品なのも当然といえるだろう。
「安心・安全のため、飼料にもこだわり、大手ではできないミルクつくりを目指してきました。住宅街のなかにあるので、週末などには家族連れの方も多くいらっしゃいます」
高原にある広々とした牧場ではない。でもここには世界でもトップレベルの「おいしい」基準に合格したプリンがある。ここまで足を運ぶ価値は、確かにある。