夫源病という言葉が生まれるくらい、好きで一生にいるはずのパートナーがストレスの要因になってしまう現実は多い。放置しておけば悪化の一途を辿るものだが、脳科学的に立証されたメソッドを騙されたと思ってやってみれば、劇的に改善する道もある。1万人以上に脳科学的ノウハウを講演してきた脳科学者・西剛志が、そのハウツーを解説。■連載「何気ない勝者の思考」とは
【勝者の思考】 冷えた夫婦仲をよくしたいとき、あなたは何をしますか?
A. パートナーの写真を定期的に見る
B. 一緒に新しい体験をしてみる
C. とにかく相手をほめる
最も効果があるのは、『B. 一緒に新しい体験をしてみる』です。え、そんなことでと思うかもしれませんが、こんな簡単なことで夫婦仲が大きく改善することがニューヨーク州立大学の研究からわかっています(*1)。
1.夫婦で一緒に、新しいことに挑戦する
この場合、「非日常」なことを一緒に体験することが重要です。 実験では、夫婦で互いの体で枕をはさんで障害物競走をやってもらいました。しかも制限時間60秒。2人で声をかけあって大盛りあがりでゴールします。まさに非日常の体験です。 その結果、お互いの信頼関係が深まり、その後も「仲よくなる効果」がありました。
これはいわゆる「つり橋効果」と似た原理ですが、一緒に不安な経験をしたり、困難を乗り越える体験をすると、脳は一緒に乗り越えた相手を「大切な人だ」と認知して信頼関係が深まり、恋愛感情さえ芽生えやすくなります。
大切なのは「普段やらないことをやる」ことです。ですので、近所のスーパーに一緒に買い物に行くだけでは、この効果は生まれません。安定を越えた不安定領域を一緒に体験することが、高い効果を生み出すからです。1人でやるのは不安だけど、2人だったら挑戦してみてもいいかなということをやってみるのも「あり」です。
バンジージャンプを一緒に体験する、目を閉じて食べ物が何かを当てる、優勝がかかったスポーツ観戦、展開が読めないドキドキ感満載のアクションや恋愛映画を鑑賞、未体験の超高級レストランで食事するなど、ハプニングや不安定なことを一緒に体験することが、2人の関係性を深める薬になります。
実際、私自身も、妻と沖縄に行って、チュービング(水上バイクでゴムのチューブを引っ張り海上を滑走するアクティビティ)を体験したことがありました。チューブに乗った瞬間に、ボートが想像以上のスピードで走り始めて2人とも唖然……。落ちそうになる妻を何とかギリギリまでチューブの後ろで守ろうとしましたが、勢い余って、私のお尻だけが海に入ってしまい、スピードの摩擦で「痛い痛い!」と悲鳴をあげ1分ほど振り回されました。最後は2人で海に投げ出されてしまったのですが、海から顔を出した瞬間、妻も私も大笑い。今でもそのことを思い出すだけで笑顔になれますし、振り返るたびに夫婦で盛り上がれます。
物を買うよりも、体験にお金をかけたほうが、記憶に残り幸福度が高まるという報告がありますが(*2)、一緒に非日常の体験をすることがお勧めです。
2.パートナーの写真だけではなく、〇〇を一緒に見る
Aの「パートナーの写真を見る」ことは、すでに仲がよい場合には効果的ですが、冷え切った関係(満足度が低い)の場合は、効果があまりありません。
ただし、2017年にフロリダ州立大学の研究で、写真にあるものを添えるだけで、パートナーへの満足度が高まることが話題となりました(*3)。
それが、可愛い動物(子犬やウサギなど)の写真と一緒にパートナーの写真を見ることです。
研究者たちは、パートナーに対する反応と結婚の満足度を調べるため、144組の夫婦を集めて2つのグループに分け、6週間の間(3日に1回)、1つ目のグループには子犬の写真と一緒にパートナーの写真を見てもらい、2つ目のグループには、パートナーと一緒に中立的な写真(ボタンの画像など)を見てもらいました。
その結果、子犬の写真を一緒に見たグループのほうが、パートナーに対する反応がポジティブになり、結婚満足度も高まることがわかったのです。
脳は相手を判断するとき、プラスとマイナスのいずれかの情報を見ようとする認知特性(注目バイアス)があります。可愛い写真を見るとポジティブな認知が働きやすくなるため、パートナーに対しても自然によい部分を見れるようになります(このことを、専門用語で脳のプライミング効果と言います)。
この事実に研究者たちも驚いたそうですが、脳はちょっとしたことで相手の印象(認知)を変えてしまうのです。
3.ほめるのではなく、記念日を一緒に祝う
選択肢Cの「とにかくほめる」は、冷え切った夫婦関係だと、あまりにも唐突すぎて「何か裏があるのでは?」と怪しまれ、かえって逆効果になることがあります。
一方、確実に効果があるのが「一緒に記念日を祝う」ことです(*4)。
記念日に限ったことじゃなくても構いません。小さなことでも「一緒に喜ぶこと」がポイントです。
カルフォルニア大学のリサーチでは、79組のカップルを調べた結果、大小を問わずパートナーの成功体験(昇進、仕事の達成、子供の学習、お菓子をもらった、電車で席に座れたなど)に対する反応の仕方が、関係の持続性に関係していることがわかりました。
成功体験は嬉しいものですが、相手が喜んでくれると、脳は更に大きな快感を感じます。成功しても、「ふーんそうなんだ」と冷めた反応をされると逆に不快に感じる人もいるでしょう。脳にとっては、「喜んでくれる相手」=「大きな快感」となるため、先ほどの「非日常の体験」や「子犬の写真」を見るのと同じように、脳が相手の印象をプラスに認識しやすくなります。
つまり、パートナーシップは日々の小さな快感の体験の積み重ねによって、深められるのです。
夫婦関係は、行動をほんのちょっと変えることで劇的に良くなる可能性があることをお分かりいただけたでしょうか? 人によっては時間がかかることもありますが、相手を変えようとする前に、まずはひと呼吸して、自分が変わることを意識してみてください。
<参考文献>
(*1) Aron A., et.al.,“Couples’shared participation in novel and arousing activities and experienced relationship quality”,J. Pers. Soc. Psychol., 2000, Vol.78(2),p.273-84
(*2) Elizabeth W. Dunn, Daniel T. Gilbert, Timothy D. Wilson, (2011) “If money doesn't make you happy, then you probably aren't spending it right”, Journal of Consumer Psychology,Vol.21(2), p.115-125
(*3) McNulty, J. K., Olson, M. A., Jones, R. E., & Acosta, L. M. (2017). Automatic Associations Between One’s Partner and One’s Affect as the Proximal Mechanism of Change in Relationship Satisfaction: Evidence From Evaluative Conditioning. Psychological Science, 28(8), 1031-1040.
(*4) Gable SL. & Reis H. ”Chapter 4 - Good News! Capitalizing on Positive Events in an Interpersonal Context”Ad. Exp. Soc. Psych. Vol.42, p.195-257/Gable, S. L., Gonzaga, G. C., & Strachman, A. (2006). Will you be there for me when things go right? Supportive responses to positive event disclosures. Journal of Personality and Social Psychology, 91(5), 904–917.
■連載「何気ない勝者の思考」とは……
日常の何気ないシーンでの思考や行動にこそ、ビジネスパーソンが成功するためのエッセンスが現れる。会議、接待、夫婦やパートナーとの関係や子育てなど、日常生活のひとコマで試される成功者の思考法を気鋭の脳科学者・西剛志が解説する。