プライベートでの人間関係に向き合わざるを得ない今の時代に読むべき一冊
私たちは自分を表現する言葉を持つことができているか? そんな問いを投げかけるのは、臨床心理士の信田(のぶた)さよ子さんと社会調査を生業とする上間(うえま)陽子さんが、「言葉」について語ったこの対談集である。彼女たちが日々聞きだすのは、児童虐待やDVをはじめとする暴力の加害者の語る言葉だ。
コロナ禍によって、仕事よりも家庭の存在感が増した人々はたくさんいるだろう。それまでは忙しさにかまけて顧みなかった家庭というものについて、改めて向き合ってみた人もいるかもしれない。それはリモートワークをはじめとする働き方改革などのポジティブな話題を生む一方で、家にいる時間が長くなったことによって家庭内の暴力が増える、などの問題も顕在化させた。ビジネス上の関係性だけではなく、今こそプライベートでの人間関係に向き合わざるを得ない時代なのだ。本書はそんな時代に読まれるべき対談集だと感じる。
ここで語られる「自分を語る言葉が出てこない」という事実は、決して加害者たち特有のものではない。現代に生きる人々皆の問題なのだろう。コロナ禍でプライベートの自分を振り返るいい機会となっている今、繰り返し読みたい1冊だ。
『言葉を失ったあとで』
信田さよ子 上間陽子 著 筑摩書房 ¥1,980
Text=三宅香帆
1994年高知県生まれ。書評家、作家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。著書に『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『女の子の謎を解く』等がある。