世界初の宇宙商社は宇宙ビジネスを開発していく
いくら優れた技術があってもそれだけでは産業としては成立しない。スペース BDは「世界で最初の宇宙商社」だ。
同社を率いる永崎将利(まさとし)社長は、宇宙商社という形態は世界でも類を見ないものだと言う。
「昨年、通信社のブルームバーグは、弊社のことを世界で最初のSpace Traderと報じてくれました。宇宙産業のど真ん中にいるのはもちろん技術です。でも、その周辺に事業をつくる人たちがいないと産業にはなりません」
永崎さん曰く「私たちの仕事は、面倒な手間をすべて引き取ること」。例えば、新卒で入社した三井物産では、原材料不足に悩む鉄鋼会社のために開発可能性の高くない鉱山を買収し、採掘量を増産。リスクや労力はかかるが、それが鉄鋼会社の生産量増に寄与した。
商社が裏方に徹することで、技術系企業は技術を追求することに集中できる。日本の過去の発展は、この役割分担により強い産業体制を構築することができたからだ、というのが永崎さんの持論だ。
スペース BDがメインとする衛星打ち上げサービスはまさに大変な手間を請け負う事業。衛星の打ち上げや宇宙空間での実験を行いたいと思っても、イチから行うには膨大な費用や煩雑な手続きなどが伴う。しかし、スペース BDを介することによって、技術調整から打ち上げ実現、運用支援までをトータルでサポートしてくれるため、各企業は研究や開発に集中できるのだ。
黎明期は予見性がないため多角化が必要だった
そんな宇宙商社スペース BDの始まりは、2018年、JAXAが民間開放したISSの「きぼう」への輸送サービスを獲得したことに遡る。スペース BDは当時まだ創業数ヵ月。名が知られている大手企業も参加するなかで、なぜJAXAから事業者認定を受託できたのか。当時、超小型用衛星エンジンの宇宙空間での実証を行おうとしていた東京大学の小泉研究室のためにJAXAから輸送枠を購入したこと。そして宇宙サービス事業を行うアメリカのナノラックス社と業務提携契約を締結したことが実績となり、JAXAからの信頼を勝ち得たという。
スペース BDは、創業当初から多角化も進めている。衛星打ち上げサービス以外にも宇宙関連機器の輸出入を含めた調達サービス、さらには、JAXAによる宇宙飛行士の能力定義をベースにし、Z会と共同開発したアセスメントを、教育現場で生徒、学生に受けてもらう教育事業も行う。このように多角化を進める理由は、黎明期の産業には予見性が存在しないからだ。
「黎明期は非連続的な進化が起きる。予見性はありません。だから多角化が必要だったのです」
現在では、企業との事業開発案件も増えている。自分の写真が宇宙空間に運ばれ、手元に戻ってくるという損保ジャパンの「SOMPO Park×宇宙旅」キャンペーンも共同開発。また、高級宝飾時計ブランドや某美術館とも事業開発の検討も進んでいる。多くの企業から相談を受ける永崎さんは、宇宙事業を実行するうえで担当者の熱意が重要だと話す。
「宇宙事業は予見性がないので、企業の稟議の仕組みに乗せたら、ほぼ間違いなく却下される。非合理的な意思決定ができる熱意のある人が社内にいないと成立しません」
黎明期の産業であるため、課題は多い。ミッションが技術的な理由で延期になることも多々ある。しかし回転が速くなれば、産業の進化に加速度が生まれるようになる。そこにスペース BDとしてできることはないかと、日々考え続けている。
「日本の優秀な技術を核に、さまざまな手間を引き取り、世界のなかで存在感を示せる宇宙産業にしたい。それが私の経営者としての目標です。Space Trader、宇宙商社というのはスペース BDのひとつの機能であり、本質はBusiness Developerだと思っています」
多角化していく宇宙事業
ISS実験サービス
ISS「きぼう」からの衛星放出、船外利用、実証実験、補給船からの衛星放出などの使用権を獲得し、研究機関、企業などに販売する。スペース BDが独占的に契約を獲得している案件もある。
衛星打ち上げサービス
JAXAのH3ロケットなどを用いた相乗り打ち上げサービス。ペイロード枠使用権を購入し、研究機関、企業などに販売する。宇宙商社スペース BDの幹となっている卸事業。
教育事業
JAXAの宇宙飛行士能力定義を、一般向けにZ 会と共同開発。教育機関での実証も開始しており、社会人にも広げる予定。クラーク記念国際高校とは、宇宙教育プロジェクトを実施。
宇宙機器調達販売サービス
宇宙機器開発に必要な部品などを市場から調達して販売する事業。新興国向けのパッケージ販売も行う。また、宇宙データの販売も構想。持続可能な宇宙開発「Space Biz for SDGs」に参画する。
『Space BD(スペース ビーディー)』HISTORY
2014年 ナガサキ・アンド・カンパニー創業
2017年 9月にスペース BDに社名変更。10月に1億円の資金調達を実施
2018年 4月に東京大学との業務委託契約を締結。2億円の資金調達を実施。5月にJAXAから事業者選定獲得
2019年 10月に3.8億円の資金調達を実施。12月にH-IIA/H3の超小型衛星打ち上げ機会においてJAXAから事業者選定
2020年 ISS補給船HTV-X1の超小型衛星放出においてJAXAから事業者選定
2021年 「きぼう」高品質タンパク質結晶化実験において、JAXAの民間パートナーに選定
※ゲーテ11月号は、宇宙の最新事情を網羅した完全保存版!