新たな収益の軸を目指し日本の“場”を獲りに行く『三井物産』
2040年には100兆円規模に拡大するといわれる世界の宇宙マーケット。日本国内でもベンチャーを中心に新規参入が相次いでいるが、NASAを擁するアメリカ主導の市場で存在感を示すのは難しい状況が続いていた。
そんな状況を打開すべく、大手として先陣を切って参入したのが三井物産だ。1990年代から2000年代前半にかけて、物流を中心にした宇宙事業を手がけていたが、事業環境の変化などを理由に撤退。だが、’16年に当時の社内起業制度をきっかけに再参入を検討し始め、再び、ビジネスの舞台に宇宙を選んだ。宇宙事業開発室プロジェクトマネージャーの山本雄大さんはこう話す。
「現在進めている事業モデルは、〝ゴールドラッシュのジーンズ売り〞。金鉱を掘るという不確実なビジネスではなく、鉱山で働く人々の作業着としてジーンズを販売した事業者のように、ツールプロバイダーやサービスプロバイダーの立ち位置になることを目指しています」
そうした発想のもと、’18年、JAXAが手がけていた超小型衛星の放出事業が民間委託されたのを機に、事業権を獲得。国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」から、ロボットアームを使って衛星を宇宙空間へと放出するサービスの販売を開始した。サービスを購入した企業は、放出された衛星を目的に合わせて自由に使うことが可能。打ち上げ価格も年々下がり、今では「手のひらサイズの超小型衛星で数百万円」と、値ごろ感が出てきている。
「"宇宙でこんなことをやってみたい"という需要をつくりだすことが私たちの仕事。医療、素材、エンタメ、通信など、さまざまな業界が宇宙データを活用して、新しいビジネスを創出できるはずです。その実現のためのサポートを行います」
業界トップの企業買収で世界に本気度を示す
こうして動きだした三井物産宇宙事業開発室。’20年には米スペースフライト社を買収した。山本さんと同じく宇宙事業開発室でプロジェクトマネージャーを務める松隈俊大さんは、買収の狙いをこう説明する。
「スペースフライトは、小型衛星の打ち上げを希望する企業に、ロケットの空いたスペースを販売するライドシェアサービスを展開しており、衛星打ち上げ数では業界1位の実績を誇っていました。そんな業界のトップ企業を日本の企業が買収したことは話題になりましたし、世界に対して三井物産の本気度を示せたと感じます。実際、買収後は世界中から集まる宇宙関連の情報が格段に増え、新たな提携の申し出も相次いでいます。宇宙事業のハブ的な役割を担えるようになりました」
その言葉どおり、三井物産は今年3月、引退が検討されるISSの後継計画へ名乗りをあげた。現在、アメリカの宇宙関連企業との提携を視野にいれ、協議を進めているという。
「現在のISSは、’28〜’30年頃に寿命を迎え、役目を終えると想定されています。その後は、宇宙ステーションも民間企業が運営していく時代になる。その時になって、動きだしても遅いんです。長期的な観点で見て、まずは日本として場を取りに行かなければならない。それが先駆者としての商社の使命なんです」(山本)
将来を見据えて、先手を打ち続ける。そのためには、スピード感と決断力が重要だ。
「日本は欧米に比べて保守的です。でも、宇宙のように動きが早く、不確実性が高い分野では、時にはリスクを恐れず、決断しなければならない局面があります。ですから、業界の流れに置いていかれないよう、スピード感を持って取り組んでいきます」(山本)
両氏は「宇宙事業が収益の軸のひとつになるよう全力を尽くす」と声を揃える。三井物産は、本気で宇宙を獲りに行く。
『三井物産』HISTORY
2000年代前半 宇宙関連の物流を手がけるも撤退する
2016年 当時の社内起業制度で宇宙への再参入を検討開始
2018年 JAXAとISSからの超小型衛星放出事業を契約
2020年 宇宙事業開発室を創設。同年、衛星ライドシェアサービスを手がけるスペースフライト社を買収
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