毎日テレワークをする友人に、先日こんな話を聞きました。「通勤時間がなくなって、その時間は何に費やしてんの?」と。コロナ禍以前に比べ、夜更かしすることが増え、テレワークの準備が整えられるギリギリまでベッドに入っていることが多くなったとか。明らかに生活のリズムが狂ったので、朝型に戻したいと。ギリギリまでベッドな朝も悪くありません。でも、一人前の自立した大人としては粋な朝にしたい、通勤に費やしていた時間を使って知識と教養を育みたいじゃありませんか。意識的に、朝の通勤時間を朝の読書時間に変える、というのが、彼と僕のポジティブな結論です。ここでは、そんな生活リズムを朝型に戻すために、読書時間を作るきっかけとなってくれることを期待する、短時間で読めて内容が濃厚な3冊を選んでみました。
危険を人生の過度なスパイスにとどめておく
『岳人』という山岳雑誌があります。その編集部員にして、サバイバル登山家である、服部文祥さんの本、『サバイバル! ――人はズルなしで生きられるのか』(ちくま新書715円 Kindle版)。気になるのはサバイバル登山家という肩書。装備と食料をできる限り山に持ち込まずに、自給自足で長く山を歩く登山を目指している、と書かれています。そんなスタイルで、服部さんが独りで日本海から上高地へ200kmの山塊を縦断する山岳ノンフィクションです。もちろん、臨場感あふれる横断模様の描写も好きなのですが、服部さんの登山に対峙する考えは、仕事への向き合い方にも通底するな、と思ってしまうところも読み応えあり。「完全に孤立した状態で自分が何を考えるのか、何を感じるのかが知りたいのだ」「リスクを受け入れるとは、危険を正しく認識し、危険へ接近することであり、そのリターンとして私は生きている実感を手に入れる。これは登山に限ったことではないはずだ」「危険を人生の過度なスパイスにとどめておくにはどうしたらいいのだろうか」など、その生き様に僕は憧れてしまうのです。
今はもがいて苦しんで挑戦せねば
青春時代のバイブルのひとつ『Hot-Dog PRESS』。ファッションからエロまで色んなことを教えて頂きました。その編集長だった山田五郎さんによる小説家デビュー作とあれば、読まないわけにはいきません。『真夜中のカーボーイ』(幻冬舎1430円)、最後の大どんでん返しまで一気に読めます。57歳・出版社勤務のさえない男と、57歳・アパレル会社経営の富豪の女が、高3の時の約束を果たすために、赤いメルセデスのカブリオレに乗り込み、デビット・ボウイを歌いながら「最高の死」の瞬間を求める旅をする、というストーリー。コロナ禍によって、死は急にやってくるかもしれないと改めて思い知らされました。読了後に脳内をよぎった、僕にとっての最高の死は何だろう?と、普段考えたこともないことを考えた時間。まだ結論は出ません。「自分の限界もわかった上で人生の終りが見えたときに、初めて怖いもんがなくなったっていえんのよ」と、富豪の女。僕はまだ自分の限界がどこにあるか分かりません。だから、それを見つけるために、今はもがいて苦しんでいろいろ考えて挑戦して、怖い!と思うことを経験したいなと思わせてくれる小説です。その先に最高の死を考えられるかもしれません。もうひとつ、カバーを取って書籍本体の表紙を見てほしいです。見えない美しさと言わんばかりの、本棚に置いておきたくなるハイデザインなレイアウトも好きです。
僕には自分の言葉があるか!?
日中国交正常化交渉、日米繊維交渉、東京タワー構想、新幹線9000キロ構想など、手がけた実例をともないながら、そこで繰り広げられた熱い言葉が随所に散りばめられた人生訓、『田中角栄 上司の心得』(幻冬舎1430円)。田中角栄元首相が発した数々の熱い言葉は、仕事につまずいた時、前進した時、あらゆる局面で、今後モチベーションを上げてくれると思います。政治好きじゃなくてもお薦めです。この本で僕が一番刺さったのは、自分の言葉を持て、ということ。「いいか、わかったことを言うな。気の利いたようなことは言うな。そんなものは、聞いている者は一発で見抜く。借りものでない“自分の言葉”で、全力で話してこい。これに優るものはない。そうすれば、初めて人は聞く耳を持ってくれる」。僕には自分の言葉があるか? 最近、ゲーテでは、最新号発売時期に合わせてインスタライブを始めたんです。自分の言葉がないと面白くならないということを実感しています。オンライン会議でも今何を考えているのか自分の言葉で発言することが求められます。田中角栄元首相の言葉を知れば、改めて気づくことが多々あります。